Febri TALK 2021.06.09 │ 12:02

荒川弘 マンガ家

②アニメーションの楽しさに目覚めた
『風の谷のナウシカ』

自身が影響を受けたアニメについて聞くインタビュー連載の第2回は、初めての宮崎駿体験にして、映像の迫力と豊かな表現力にただただ衝撃を受けたという『風の谷のナウシカ』。荒川がアニメーションの魅力に目覚めた作品だ。

取材・文/岡本大介

宮崎監督作品って飛行シーンで一気にテンションが上がる

――『風の谷のナウシカ』は劇場で見たんですか?
荒川 いえ、北海道の田舎育ちなので映画館には行けなくて。だからビデオが発売されてからです。小学校の高学年くらいだったと思いますが、友達が「すごいアニメ映画があるよ」ってビデオを手に入れてきて、それを一緒に見ました。第1回で挙げた『うる星やつら』は何も考えずに純粋に楽しんでいただけなんですけど、『風の谷のナウシカ』は私自身少し成長していたこともあって明らかに映像にスゴみを感じて「なんじゃこりゃ」と。こんなものが世の中にあるのかと衝撃を受けました。

――どんなところに衝撃を受けたんですか?
荒川 画面の切り取り方とか、カメラワークがいちばん衝撃的だったかな。なかでも飛行シーンは鮮烈で、まずメーヴェやガンシップ、ブリッグ、コルベットなど、機体がいちいちカッコいい。しかも輸送船も含めて、どれも現実的にはちゃんと飛べるような造形ではないと思うんですけど、でも作品世界では説得力を持ってカッコよく飛んでいるんですよね。ファンタジーなのにそうは感じさせない、リアルと非リアルの混ざり具合も強烈だったと思います。もちろん、当時はそんなことまで考えていないので、どうしてこんなに衝撃を受けたかあまりわかっていなかったんですけど、大人になって振り返ってみるとそういう部分だったのかなと。

――では、いちばん印象に残っている飛行シーンは?
荒川 ブリッグからナウシカがメーヴェで飛び出して、それを追ってきた敵のコルベットが雲のなかからズボッて出てくるところ。そこからの一連のシーンはBGMを含めてめちゃめちゃ好きです。

――たしかにあそこは屈指の名シーンですね。
荒川 ですよね。それと同じくらい好きなのが『天空の城ラピュタ』の飛行シーンで、ドーラたちと一緒にフラップターでシータを助けに行くところなんです。落石で気絶したドーラの代わりにパズーが片手でハンドルを握って、フラップターが湖面スレスレを疾走するところとか、もう最高ですよね。

――わかります。あそこもBGMとのシンクロがすごいですよね。
荒川 そう! ドーラの「最後のチャンスだ。すり抜けながらかっさらえ!」っていうあたりはとくに盛り上がりますし、今でもテレビで再放送していたら、そこだけは見逃すまいとついつい見ちゃいます(笑)。宮崎監督作品って、飛行シーンで一気にテンションが上がるイメージです。

――お気に入りのキャラクターはいますか?
荒川 クシャナと部下のクロトワです。クロトワは、クシャナが死んだと思って野心に一瞬火がつくものの、実際には生きていて「短けぇ夢だったな」って呟くところとか、気持ちの切り替えが早くて好きですね。一瞬のあとすぐに「殿下!」って駆け寄っていく感じがいいんですよ(笑)。

ナウシカの世界は

縄張り争いで

人間がごっそり

負けているというだけ

――敵なのに憎みきれない感じがありますよね。人間以外の虫や動物たちも独特なビジュアルですが、そちらはいかがですか?
荒川 みんなかわいいです。腐海の蟲たちはグロテスクで動きも気持ち悪いですけど、どこか愛嬌がありますし。ナウシカが蟲笛で誘導して森へと返した蟲(ウシアブ)なんか、ボロボロになりながらも必死に飛んでいて健気だなって思います。あと、ユパが連れているクイとカイ(トリウマ)も可愛い。動物たちへの接し方でそのキャラクターの人となりを表す効果もあるので、言い方は悪いですが、演出の道具としてもうまく機能しているように思います。私も『アルスラーン戦記』で馬をよく描くんですが、馬が主人を心配そうに見つめるコマをちょいちょい入れるんです。そうすることで、一見、とっつきにくそうな人でも、馬からは好かれる関係を築いている、じつはいいヤツなのかなと思わせることができたりするので。そういう細かい部分も本当にうまい作品だなと思います。

――作品のテーマとしては、自然と科学文明の対立、あるいは共存と、なかなかメッセージ性も強い作品ですよね。
荒川 家業が酪農や農業なので、小さい頃から大自然の脅威というのはいつも感じていましたし、まあこういう世界もあるだろうっていう感じで、そこはとくに違和感はなかったです。今の地球には木や草がありますけど、それだっていつどこで逆転して砂漠の世界になるかわからないと思っていますし。

――それは農家育ちの荒川先生らしい感覚かもしれません。
荒川 「自然と科学」や「人間と動物」って対立するものとして捉えがちですけど、私のなかでは人間もこの星で生きる野生動物の一種で、ほかの動植物と縄張り争いをしているだけっていう感覚なんですよね。人間は肉体が弱い分、頭を使って、文明や科学の力でねじ伏せて縄張りを維持する者がいれば、頭を使って共存して必要以上に干渉しないことで縄張りを守る者もいる。自然に近いところで農業をやっていると力技とやんわり共存の使い分けが縄張り争いには重要になってきて、うかつなことをすると何もかもごっそり奪われるわけで。だからナウシカの世界は、縄張り争いで人間がごっそり負けている世界というだけの話だと受け止めています。

――人間が科学の力を使って腐海を焼き払おうとするのも、生存競争としてはある種当然の行為だと。
荒川 そうですね。もちろん、世界には多種多様な動植物がたくさん生きていますから、私個人としては滅んでほしくないという気持ちはすごくありますけど、大前提としては縄張り争いだし、生存競争ですから、そういう考えに至る人がいるのも全然わかります。ただ、作品内では人間と腐海、蟲たちの関係に明確な希望が描かれているじゃないですか。きれいな水で育てた腐海の植物は毒を出さないとか、ラストシーンでは腐海の底にチコの実が芽吹いていたりとか。これって人間にとっては大きな希望ですよね。きびしいストーリーではありつつも、そういうところには希望があるので、最後まで安心して見ることができる作品だと思います。endmark

KATARIBE Profile

荒川弘

荒川弘

マンガ家

あらかわひろむ 1973年生まれ。北海道出身。ゲーム雑誌のイラストや4コママンガなどを手がけつつ、読み切り作品『STRAY DOG』が「第9回エニックス21世紀マンガ大賞」で大賞を受賞してマンガ家デビュー。代表作に『鋼の錬金術師』(スクウェア・エニックス)、『銀の匙 Silver Spoon』(小学館)、『百姓貴族』(新書館)、『アルスラーン戦記』(原作:田中芳樹、講談社)などがある。

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