Febri TALK 2022.09.05 │ 12:00

岸誠二 アニメーション監督

①若いスタッフが「祭」状態で作った
『瀬戸の花嫁』

『結城友奈は勇者である』シリーズなど、数々の人気作を手がけてきたヒットメーカー・岸誠二が自身のキャリアの転機になったアニメ3作品を振り返る。インタビュー連載の第1回は盟友・上江洲誠をはじめ、岸作品を支えるスタッフたちが結集した初期の代表作について。

取材・文/前田 久

自分が関わった作品が世の中に受け入れてもらえた実感を味わいながら作れた

――自作からキャリアのターニングポイントになった3作品を選んでもらいましたが、1作目に挙がったのは『瀬戸の花嫁』です。どのような理由で選んだのか、詳しく聞かせてください。
 この作品にはのちのちの作品で組むスタッフがひと通り集結しています。そういう意味で、大きなターニングポイントのひとつだったと思いました。GONZOのプロデューサーだった吉田悟さんからお話をいただいた作品なのですが、別の作品でご一緒していたときに「もうちょっと自由に作れる作品だったら、さらにいい仕事ができるんじゃないか?」と言われていたんですよ。そこから話がつながって、まかせていただきました。原作の木村太彦先生も非常に理解のある方で、とてもやりやすかったですね。本当に、初めて好き勝手やりました(笑)。それまでは自分のやろうとしていることのハードルが高すぎて、実現できないことも多かったので。

――自由度の高さに加えて、充実したスタッフが集結していたからできたことも多かったと。それだけのスタッフが集まったきっかけは何だったのでしょうか?
 脚本の上江洲誠は、プロデューサーの紹介でした。「若手のいい脚本家がいるのでどうですか?」と紹介されて。私もですが、彼もまだ当時は駆け出しでした。ふたりとも、とにかく多くのお客さんに喜んでもらうことを考えていて「面白くなれば、なんとかなるんだから、そのためにはオレたちの言う通りにしやがれ!」とまわりに言える勢いがありました(笑)。音響監督の飯田里樹さんは『瀬戸の花嫁』の前にやった『マジカノ』からの流れです。作画はアニメーターの森田和明をはじめ、ウチ(※)のスタッフが全面的に参加しています。(本作をGONZOと共同制作した)AICから参加してくれたスタッフにも若い子が多くて、みんな馬力がありました。若さと体力、それと野心みたいなものにまかせて作っていましたね。

※岸の所属する株式会社ロジスティックスのアニメ制作部門「チーム・ティルドーン」

――どういうことでしょう?
 スケジュール的に余裕のある状況ではなかった……というか、放送を見たお客さんの意見が、リアルタイムでその数話先に反映できてしまうくらいのタイトなスケジュールだったんです(笑)。でも、そのおかげで自分が関わった作品が世の中に受け入れてもらえた実感を味わいながら作れた。若いスタッフが初めてそんな経験をしたものだから、熱量がどんどん上がっていったんです。面白かったですね。全セクションがその勢いで、最終回のあたりではとくにその熱量が爆発しています。最終回の制作期間は1カ月くらい。演出を自分がやって、作画スタッフはフルメンバーで挑んでギリギリなんとかなりました。言ってしまえば、ずっと文化祭の前日が続いている『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』状態……いや、お祭りそのものがずっと続いているような感覚かな。そうじゃなきゃ、保たないような状態でした。

――しんどいものの、楽しくてしょうがないような。
 この業界は作ったものに対して、とんでもない対価が得られるかというとそんなことはありません。それなのになぜ一生懸命やるのかというと、たぶん「祭」の状態が面白いから。今、そこをまともにしようとする流れがあります。無茶を減らすこと自体はいいことですが、「祭」をなくしてしまうと業界全体の活力まで減ってしまうのではないかな……という気が少ししています。

そのクールのダークホースに

なるだろうと考えて

「好き勝手やってしまえ!」

というノリだった

――美少女ものとしても冴えた内容でしたし、パロディも振り切れた作品でしたね。
 パロディに関しては、この作品で「ここまでやったら怒られるのか」というのがわかって、その意味でもいい経験をしました(笑)。パロディがどこまで許されるかの具合って、時代によっても変わるじゃないですか。当時は別にそんなことを考えていたわけではないですが、いいリトマス紙になったのかな、と。

――監督として、やりたいことがほぼ実現できた現場だった?
 ほぼ100%に近い形で通すことができました。もちろん、実現できていない部分も多々ありますが、そこも含めて「自分の責任です」と言える作品です。余計な外部の要素が絡んでできなかったわけではない。その分、結果的にいろいろな人にご迷惑をおかけしたところもありましたが。その意味では、声優さんたちも大変でしたね。キャストもみんな若かったからできた部分があったと思います。最近会うと、とくに男性陣は軒並みいいオッサンになっていてびっくりしますね。「お前ももう、こんな歳か!」と。恐ろしい話です(笑)。

――放送されていたのは2007年、15年前ですものね。前年に『涼宮ハルヒの憂鬱』がU局放送の深夜アニメから大ブレイクし、これからアニメが大きく盛り上がるような勢いがファンにも、業界全体にもある時期だった気がします。
 そうですね。京アニさんが頑張って、深夜アニメを盛り上げ始めた時期でした。それでいうと、『瀬戸の花嫁』は東京だと『らき☆すた』の裏での放送だったんです。だから正攻法では勝てるわけがない、と(笑)。ただ、『らき☆すた』がどうこうというより、どの時間帯で放送しても、そのクールのダークホースになるだろうと考えていて、だからこその「好き勝手やってしまえ!」というノリだったわけです。結果的にその作戦がうまくいってよかった。業界に爪痕を残せた作品だったかなと思います。endmark

KATARIBE Profile

岸誠二

岸誠二

アニメーション監督

きしせいじ 株式会社ロジスティックス取締役、同社アニメーション事業部チーム・ティルドーン代表。アニメーション監督。主な作品に『天体戦士サンレッド』『結城友奈は勇者である』シリーズ『月がきれい』『暗殺教室』『ケンガンアシュラ』『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』など。大会に出場するほどのボディビルダーとしての一面も持つ。