Febri TALK 2021.11.26 │ 12:00

神前暁 作曲家/編曲家/音楽プロデューサー

③自分自身の原点
『涼宮ハルヒの憂鬱』

『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズや『〈物語〉シリーズ』など、数多くのヒット作品で音楽を担当する作曲家・神前暁が選ぶアニメ3選。3本目は、神前自身が初めて手がけたTVアニメ作品であり、同時に出世作ともなった『涼宮ハルヒの憂鬱』。

取材・文/岡本大介

TVアニメのデビュー作が 『ハルヒ』で本当によかった

――『涼宮ハルヒの憂鬱(以下、ハルヒ)』は、神前さんが初めてTVアニメの音楽を担当した作品ですね。
神前 そうです。正確にいうとその前に『MUNTO 時の壁を越えて』というOVAを担当させていただいたのですが、そのときはまだナムコに勤めていたので変名で参加していたんです。なので「神前暁」として初めて担当させていただいたのが『涼宮ハルヒの憂鬱』です。

――『ハルヒ』は’00年代のアニメ史においてもとても重要な名作ですが、選んだ理由は?
神前 これはいち視聴者としてではなくて、それまで見る側だったのが作る側に回ったという意味で、僕にとっては欠かせない作品なので挙げさせてもらいました。

――制作当時はどんな心境だったのですか?
神前 右も左もわからない状態で、無我夢中でした。それまではゲーム会社でゲーム音楽を作っていましたが、ゲームと比べてアニメは求められるスピードと曲数が段違いで、とにかく必死に食らいついていく感じでした。

――中でも「ライブアライブ」(第1期第12話/ 第2期26話 )で描かれた「God knows…」のライブシーンは、作品を象徴する名シーンとして今でも語り継がれています。
神前 すごいことです。もともとあのシーンはハルヒたちがアニメーション上で演奏するというのは知っていて、だからレコーディング現場にカメラを持ち込んで演奏者のプレイを録画していたんですけど、とはいえ、あそこまでクオリティの高い映像になるとは思っていませんでした。しかも、あの話は「God knows…」が物語の山場になるように演出していただいて、作曲家としては感謝しかないですね。

――音楽から離れて作品を見たとき、『ハルヒ』はどんなところが魅力的だと思いますか?
神前 ハルヒというキャラクターの魅力に尽きるんじゃないでしょうか。前の話に出たナディア(『ふしぎの海のナディア』)やアスカ(『新世紀エヴァンゲリオン』)と同様に、傍若無人なヒロインに振り回される快感というのはあると思います。それに劇中には宇宙人、未来人、超能力者などさまざまなキャラクターが登場しますけど、結局のところハルヒの正体というのがいちばんの謎で、そこを明らかにしていくのがこの作品の最大のテーマですよね。世界の謎とヒロインが直結していて、他のキャラクターはなにがしかの思惑を持って振る舞っているとなれば、視聴者としてはキョンに感情移入せざるを得ない。そこの部分を終始徹底しているのが、この作品の非凡さだと僕は思います。

「God knows…」が

山場になった演出には

作曲家として感謝しかない

――とくに好きなエピソードはありますか?
神前 「射手座の日」(第1期第11話/第2期27話)と「サムデイ イン ザ レイン」(第1期第9話/第2期28話)が好きですね。「射手座の日」の宇宙戦艦による戦闘シーンの映像や、「サムデイ イン ザ レイン」の何も起こらない時間を延々と映すという定点観測的な演出がすごかったです。

――このふたつのエピソードは第2期では最後に配置されていて、その後に公開された映画『涼宮ハルヒの消失(以下、消失)』への布石にもなっているんですよね。
神前 どちらも長門のお話ですからね。音楽的にも、とくに「サムデイ イン ザ レイン」は『消失』に近いところがあると思います。『消失』ではエリック・サティの楽曲も使われていて、僕としても全体的に淡い雰囲気を意識していたのですが、「サムデイ イン ザ レイン」で流れる三拍子のピアノと弦だけの「ある雨の日」という楽曲は、どことなくサティがいうところの「家具の音楽」っぽい雰囲気があるんですよ。

――『消失』とのリンクをより感じさせてくれる、印象的な楽曲ですよね。
神前 でも、この曲を作ったのは第1期なので、僕としては『消失』を意識しているわけではないんですよね。先ほどもいったようにもう無我夢中で、そもそも全体を見据えてのコントロールなんて一切できていませんでしたから(笑)。それでも振り返ってみると『ハルヒ』の楽曲の中では異色のテイストで、僕自身「こういう音楽も作れるんだな」という可能性を感じた曲でもありました。

――異色といえば、「長門(有希)VS朝倉(涼子)」もそうですね。
神前 「長門VS朝倉」に関しては、じつは僕なりに鷺巣詩郎先生の雰囲気を取り入れて、『新世紀エヴァンゲリオン』や『ふしぎの海のナディア』っぽい音楽に挑戦してみた曲なんです。でも、やってみると結局は鷺巣先生の真似事にしかならず、あらためて鷺巣先生のオリジナリティーのすごさというものを思い知らされました。

――また『ハルヒ』の第2期といえば「エンドレスエイト」にも触れなくてはなりませが、音楽制作的にはどのような感じだったのでしょうか?
神前 あれは音楽的には8話分の曲を作っているんです。実際にそれらすべての曲が使われたわけではないんですが、最初は「8話すべてで違う音楽をつけよう」というのがコンセプトだったんですね。ただ、まったく同じシーンに異なる音楽を作るというのは、これはなかなか大変なんですよ。

――しかも8話分。想像を絶しますね。
神前 よく聞いていただくと、繰り返しが進むに連れてだんだんと楽曲が荒れてきて、ノイズが目立っていくんです。今になって振り返ってみると、作っている僕の精神状態を表していて面白いなと思います。

――TVアニメデビュー作にもかかわらず、かなり濃い体験だったんですね。
神前 そうですね。でも、最初の担当作品が『ハルヒ』だったことはすごく幸運だったなと思います。劇伴だけでなく、主題歌や挿入歌も含めて幅広く担当させていただいたことで、その後の自信にもつながりましたから。
これは『ハルヒ』に限らずですが、僕は本当に作品に恵まれているんですよ。そこだけは自信をもって周りに自慢できることです。endmark

KATARIBE Profile

神前暁

神前暁

作曲家/編曲家/音楽プロデューサー

こうさきさとる 1974年生まれ。大阪府出身。大学卒業後、ナムコ(現バンダイナムコスタジオ)を経て、2005年にMONACA(モナカ)に所属。主題歌や劇伴を担当したアニメは『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズ、『らき☆すた』、『〈物語〉シリーズ』、『WORKING!!』『STAR DRIVER 輝きのタクト』『Fate/EXTRA Last Encore』『BEASTARS』など多数。実写映画やアーティストへの楽曲提供など、活躍は多岐にわたっている。