見るたびに印象が変わるので、今でも定期的に見ています
――1989年公開作品ですから、当時、中学生くらいですね。
田中 そうです。なので、最初に見たときはストーリーもセリフの意味もほとんど理解できていなくて、ただ終盤のレイバーのアクションシーンにドキドキワクワクしていただけです。でも、その後は見るたびにだんだんと理解を深めていきました。年齢によってまったく感じ方が変わる作品なので、いまだに何年かに一度は見ているんです。僕にとってはアニメ映画の原体験というか、「これがアニメ映画か!」と衝撃を受けた作品ですね。
――どんなところに衝撃を受けましたか?
田中 全体の構成や演出が非常に映画的で、そこが衝撃的でした。とくにオープニングは秀逸で、事件の犯人である帆場暎一が、不敵な笑みを浮かべながら海に飛び込むカットから始まるじゃないですか。まるでホラー映画のような雰囲気で始まって、そこから森林地帯でのレイバー暴走シーンに切り替わって、最後はコクピットが無人だったところでタイトルバックが映し出される。あの一連のシーンは本当によくできているなと思います。じつは最初から事件の全容はほぼ明かされているんですよね。後藤さんも最初から「今回は出遅れたよ」と言っていたり、帆場の足取りを追う松井刑事がすでに疲れ切っていたり。情報の出し方やセリフの置き方などが絶妙で、そりゃ中学生の僕には理解できないわってあらためて思います。2時間のコンテンツにグッとのめり込ませるためのノウハウが凝縮されていて、プロになった今でも唸らされます。
――OVAと劇場版ではかなり雰囲気が違っているのも特徴ですよね。
田中 マンガやOVAで『機動警察パトレイバー 』のバックボーンを知っていただけに、最初は驚きました。それこそ篠原遊馬の顔芸とか、特車二課の独特のノリとか、ちょっとオタクっぽい雰囲気がありますよね。でも、映画ではグッと大人っぽいドラマが展開していて、そのギャップもいいです。学生の頃は後藤さんの長セリフは早送りしたいと思うくらい興味ゼロだったんですけど(笑)。そう考えると、やっぱりこの映画の本当のスゴさに気づかされたのって、大人になってからだと思います。一見するだけではわからない不親切さも含めて、どこまでも計算され尽くしている気がします。
2時間のコンテンツに
グッとのめり込ませるための
ノウハウが凝縮されている
――『機動警察パトレイバー 2 the Movie』では、より政治的なドラマが展開されますよね。
田中 あれも公開当時は面食らいましたね。こっちはレイバーの活躍を期待して見に行っているのに、レイバーの出番はおろかアクションシーン自体がほとんどなくて(笑)。今だったら映画は映画ならではの作り方や楽しみ方というのがあることもわかるんですけど、当時はぶっちゃけ「退屈だな」って思いました。それで言うと『王立宇宙軍 オネアミスの翼』も大好きな作品なんですけど、やっぱり同じように映画的な作りですよね。
――説明は少ないですね。
田中 これは僕がSF好きになったきっかけの作品なんですけど、セリフによる充分な説明はないのに、でも強固な世界とキャラクターがそこに存在しているんですよ。だからこそ、つい何回も見ちゃうんですよね。
――『王立宇宙軍 オネアミスの翼』はSF作品ではありつつも、現実の科学の歴史をなぞったような世界観ですよね。
田中 僕は理系で、大学では応用物理学科にいたくらいなので、あの世界はすごく魅力的に映りました。王国側はレシプロ主体で共和国側はジェットだとか、科学にもちゃんと歴史が存在していて、それが文化の違いとして表れているんですよね。服装や文字ひとつとってもそうですが、とことん細かく世界が作り込まれていて、そういう作品はやっぱり魅力的です。
――印象深いシーンはありますか?
田中 シロツグが空軍の戦闘機に乗せてもらって空を飛ぶシーンです。シロツグは最初こそ怖がっているんですが、雲に突っ込むところですごくいい表情になるんですよ。あの一連の飛行シーンの浮遊感や高揚感というのは印象に残っていますし、アニメーター目線から見てもとてもうまいと思います。すごく枚数を使った原画というわけではないと思いますし、特殊なエフェクトを使っているわけでもない。つまり、タイミングだけであの浮遊感を出しているんです。あそこは『魔女の宅急便』のキキの飛行シーンと似た感覚をおぼえますし、アニメーションのいちばん面白いところってそういうところなのかなとも思います。
――作画面で言うなら、『機動警察パトレイバー the Movie』は押井監督が本格的にレイアウトシステムを導入して、その効果を実証した作品です。そこはいかがですか?
田中 いったいどれだけの才能と労力を注ぎ込めばこの画が作れるのか、想像するだけで吐きそうです(笑)。そもそも3Dレイアウトが普及した今の時代で育ったアニメーターだと、アナログでこれと同じものを作れと言われてもちょっと無理かなとも思います。美術との兼ね合いなども含めて、アニメーターとして勉強させられる作品でもありますね。
KATARIBE Profile
田中将賀
アニメーター
たなかまさよし 1976年生まれ。広島県出身。原画、作画監督、キャラクターデザインと幅広く活躍するアニメーター。キャラクターデザインを務めた代表作は『家庭教師ヒットマンREBORN!』『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『君の名は。』『空の青さを知る人よ』など多数。