Febri TALK 2022.12.02 │ 12:00

山口貴之 音響監督/録音調整(ミキサー)

③満足できたミュージカル作品
『アイの歌声を聴かせて』

『神之塔 -Tower of God-』など、数々の話題作に音響のキーパーソンとして携わってきた山口貴之。その25年を超すキャリアを振り返る全3回のインタビューのラストで取り上げるのは、口コミで大きな広がりを見せたミュージカル映画。熱いジャンル愛を感じてほしい。

取材・文/前田 久

日本のアニメでの理想のミュージカルの形

――最後に選んだのは『アイの歌声を聴かせて(以下、アイ歌)』。直近の作品ですね。
山口 これはもう、ここまでの2回のお話でおわかりいただけているかと思うのですが、ようやく日本で作らせてもらえた、自分としても満足のできるミュージカル作品ということで選びました。初回でもお話した通り、僕はもともとアニメにはまったく興味がなかったんですけど、ディズニー作品だけは例外だったんです。小さい頃から大好きで『美女と野獣』や『アラジン』など、とにかく思いつく限りのディズニーのミュージカル作品は見ていて、全部大好きです。いまだにそうで、日本のディズニーランドにもよく行きますし、世界中のディズニーランドを巡っていますね。だから、ミュージカルはアニメ業界に入ったからにはとにかくやりたいことのひとつだったんです。『アイ歌』は、自分のミキサーとしての仕事の領分での「日本のアニメの作り方でミュージカルを作るのであれば、こういう風に作りたい」という夢を実現してくれた作品ですね。

――そこをもう少し詳しく聞きたいです。
山口 ミュージカルが苦手な方が言うように、ミュージカルって「突然歌う」ものなんですよね(笑)。日本以外だとそれはもう文化として受け止められている。「だってミュージカルってそういうものじゃん?」で済むんです。でも、日本人が日本のお客さんに向けて作ったら、絶対にそれでいいわけがない。だから、日本のアニメでミュージカルは作られないんだと、ずっと思っていたんです。しかし、逆にいえば、「突然歌う」感をなくすことができれば、たぶん日本でもミュージカルが作れる。理屈で「突然歌う」ことの違和感をなんとかできるのは、おそらく日本のアニメだけなんだろうな……と、昔から思っていました。そうしたら、本当に「突然歌う」感がないミュージカルが出来上がった。吉浦康裕監督は天才すぎます。作っているあいだ、「この形だったら日本人が納得するミュージカルが作れるじゃん」とずっと思っていました。

――それはつまり、SF設定で裏付けして、歌うシーンに必然性を持たせるということでしょうか?
山口 SFでなくてもいいのですが、ちゃんとすべてに理由がある、細かい設定がある作り方をすれば、作り手も違和感なく作れるし、お客さんも違和感なく見られる。ちょっとおこがましい言い方になってしまうんですけど、僕がずっと思い描いていた日本のアニメでの理想のミュージカルの形がそこにありました。

やりたかったことが本当に全部できた作品

――そんな作品でミキサーとしての山口さんはどういったお仕事をしたのでしょう?
山口 ミキサーなので、ただひたすら音を混ぜるだけ、技術的なことしかやっていません。ただ、その中でもできることがいっぱいあって、たとえば、歌の聞かせ方であるとか音のボリューム感とかですよね。他のミキサーさんだったらおそらくこうやるだろうな……というところを、あえてアメリカンなミックスに寄せてみました。あと、今回は完全なミュージカルなので『覆面系ノイズ』とは真逆なアプローチで、なるべく歌を汚さないようにしました。ボリュームしかいじらず、もらった歌の音源から逆算してまわりの音を作る。ミュージカルなので歌が主役になるように、立つように、前後の台詞の音の作り方から考えました。そこはまさにミキサーの仕事の範疇なので、こだわってやらせてもらいました。

――アメリカンなミックスと日本のそれとは、どういう点が違うんですか?
山口 基本的に歌はドカーンといって、迫力がある。泣かせる曲はふわっと入る。結局、ミックスの基本みたいな話になるのですが、やっぱりきらびやかで、耳に残って、ダイナミックレンジが広いのがアメリカンなサウンドですね。ブロードウェイ感といいますか。

――音響監督は岩浪美和さんですが、やりとりはどんなものだったのでしょう?
山口 岩浪さんもこの作品では僕にだいぶ任せてくれたところがあって、通常の作品であれば音響演出に入るようなところも、いっぱいやらせてくれました。おかげで『アイ歌』では、僕がやりたかったことは本当に全部できたんです。日本のアニメでようやくここに到達できたな……業界歴25年でようやくたどり着いたかな……という満足感がありました。初回に話した『マーメイドメロディーぴちぴちピッチ』のときに試したことの中から、『アイ歌』でも使える技術が、じつはいくつも生まれていたりするんです。そんな意味でも、25年間は無駄じゃなかったなぁ……って思えた仕事でした。

――それだけやりきったとなると、次の目標が見えて来るのでは?
山口 次の目標は、今度は日本のアニメでミュージカルを一般化することですかね。ミュージカルで面白いものが作れるって、おそらくいろいろな監督、クリエイター陣が、この作品で気づいてくれたと思うんです。この作品の作り方を踏まえつつ、また『アイ歌』とは違う形で、日本のアニメの作り方でできるミュージカルの答えが見つかればいいなと思っています。そうすれば、もっと日本でミュージカルが作られるようになるはず。僕は音屋なので企画は立てられませんが、ぜひ、そういう企画を立ててくれる監督が、吉浦さん以外にももっと出てきてほしい。そういう方と仕事がしたいです。ミュージカル映画ってとにかく心躍るものなので、もっと多くの日本人が違和感を持たずにスルッと見られるようになるといいなぁと思っています。endmark

KATARIBE Profile

山口貴之

山口貴之

音響監督/録音調整(ミキサー)

やまぐちたかゆき 1977年生まれ、千葉県出身。株式会社もぶわぶ代表。関わった主な作品に『エロマンガ先生』『ブルーサーマル』『夫婦以上、恋人未満。』(以上「音響監督」)、『PSYCHO-PASS サイコパス』『シドニアの騎士 あいつむぐほし』(以上「録音調整」)など。

あわせて読みたい