Febri TALK 2022.11.28 │ 12:00

山口貴之 音響監督/録音調整(ミキサー)

①Pro Toolsを初めて駆使した
『マーメイドメロディー ぴちぴちピッチ』

『ガールズ&パンツァー』『荒野のコトブキ飛行隊』など、数々の作品でエッジな音づくりを支えてきた山口貴之。全3回のインタビューで、その25年を超すキャリアを振り返る。初回はマニアックなファンの多い女児向けアニメについて。そこで起きた「技術革新」とは?

取材・文/前田 久

デジタル作業ならではの新しいことができた

――山口さんの人生に影響を与えた3つのアニメ作品、1本目は『マーメイドメロディー ぴちぴちピッチ(以下、ぴちぴちピッチ)』です。アニメ関係者にひそかに熱狂的なファンが多い印象があります。
山口 ですよね。仕事でお会いするいろいろな方に「『ぴちぴちピッチ』やってました」というと、すごく喜んでくださることが多いです(笑)。20年近く前の、だいぶ懐かしい作品なのに。

――山口さんにとって、どんな意味を持っている作品なんですか?
山口 「アニメ業界に残ろう」と思わせてくれた作品です。そもそも僕は、アニメに興味があってこの業界に入ったわけではなかったんです。専門学校でも音響芸術科に通っていて、音楽業界を志望していました。でも、当時の音楽業界はものすごく勢いがあった頃なので、相当優秀か、もしくはコネがないと、楽曲の録音スタジオに就職できる状況じゃなかったんです。そんなとき、面接に行ったスタジオの社長から「うちはアニメや映像関係の仕事が中心だけど、音楽の仕事もやれるよ」といわれたので、それなら……と入社したのですが、全然やれなくて(笑)。

――わ、わはは……。
山口 さすがに辞めようかな……と思っていたときに舞い込んできたのが、『ぴちぴちピッチ』の仕事だったんです。当時はまだミキサーのアシスタントでした。その頃のアニメの音響の現場は、マルチテープ(複数のトラックを録音できるテープ)からデジタル環境に移行し始めたくらい。FairlightがDAW(デジタル音声編集)ツールとして人気だった時代でした。マルチテープとほとんど同じぐらいの録音・編集作業がFairlightでできるようになったあとPro Toolsが登場して、「これを使えばついにデジタル作業ならではの新しいことができそうだ」みたいな空気があった頃です。そんな時代の中で、まさに新しいことが試せそうな作品として出てきたのが、『ぴちぴちピッチ』だったんです。

――なぜでしょう?
山口 当時としては珍しい、大量の挿入歌を扱う作品だったからです。当時、劇中で歌を流すTVシリーズのアニメは、あまりなかったんですね。もちろん、『マクロス』はすでにありましたけど例外的な作品で、今のように大量に「歌もの」のアニメがテレビ放送されているような状況ではありませんでした。劇場作品を見ても、ディズニー作品くらいしかなかった時代です。

業界全体の意識を少しでも変える仕事ができた

――歌を扱うこととPro Toolsがどうつながるのでしょう?
山口 FairlightはPro Toolsよりも扱えるトラック数が少なくて、「歌もの」をちゃんとやるにはトラック数が全然足りなかったんです。「さあ、どうしよう?」と現場が困っていたときに、ちょうどPro Toolsを個人的に手に入れていたので「じゃあ、僕がTVシリーズの歌のミックスは全部まるっと引き受けます」と提案したんです。音楽業界では先行してPro Toolsでミックスを仕上げるのが始まっていて、すでに歌を扱うノウハウが蓄積されていたことや、もともと学校でその勉強をしていて、音楽業界で働いている人たちともつながりがあった僕なら対応できそうだったので。事実、『ぴちぴちピッチ』はおそらく、音楽現場のノウハウでPro Toolsをテレビアニメの音響編集の現場で本格的に使った、初めての作品じゃないかと思います。

――つまり、もともと山口さんがやりたかった仕事に近いことが、アニメの現場で実現できた。
山口 そうですね。当時のアニメでCD音源をイジって流す場合は、音楽制作サイドのスタッフに差し戻して調整をお願いしていたのですが、この作品では歌のステム素材(音楽のデータ)をもらって、こちらでPro Toolsでミックスし直したものを使っていたので「こういう仕事ができるのなら、アニメ業界にいてもいいかもしれない」と思えたんです。しかも、そうやって仕事をしていたら「TVシリーズのMIXを参考にしたい」と問い合わせが来たりしたんですよ。「やった!」と思いました(笑)。

――すごい!
山口 そして今では、このやり方がアニメ業界で主流になっています。もちろん、この作品や、自分のやったことの影響だけでそうなったわけではないでしょうけど、多少は新しい風を吹かせた、業界全体の意識を少しでも変える仕事ができたんじゃないかなと思っています。

――せっかくの機会なので、山口さんの目から見た『ぴちぴちピッチ』のアフレコ現場の空気感についても教えてください。キャスティングもユニークな作品でした。
山口 主役の七海るちあ役の中田あすみさんを中心に、役者さんの中でものすごく仲がいいチームが出来上がっていたのをおぼえています。マスコットのペンギンのヒッポ役をやっていた伊東みやこさんが現場の盛り上げ役で、中田さんは本当に真面目に頑張って役を作っていて、その横で宝生波音(ほうしょうはのん)役の寺門仁美さんがポヤ~っとしている(笑)。そのバランスが面白かったなあ。役者同士の雰囲気がいいからか、スタッフと役者の距離もとても近くて、とにかく毎週アフレコが楽しかったです。endmark

KATARIBE Profile

山口貴之

山口貴之

音響監督/録音調整(ミキサー)

やまぐちたかゆき 1977年生まれ、千葉県出身。株式会社もぶわぶ代表。関わった主な作品に『エロマンガ先生』『ブルーサーマル』『夫婦以上、恋人未満。』(以上「音響監督」)、『PSYCHO-PASS サイコパス』『シドニアの騎士 あいつむぐほし』(以上「録音調整」)など。