SERIES 2021.05.06 │ 12:00

雲田はるこインタビュー②

架空の落語界を舞台に、噺家と呼ばれる人々の業と生き様を描いた『昭和元禄落語心中』が、大きな注目を集めたマンガ家・雲田はるこ。「BL」というフィールドを出発点に、繊細な人間ドラマを紡いできた彼女は、どうやって自らのスタイルを築き上げてきたのか? その制作の裏側をじっくりと聞いた。

取材・文/宮 昌太朗

※雑誌Febri Vol.39(2016年12月発売)に掲載されたインタビューの再掲です。

『サザエさん』のようなBLが描きたかった

――なるほど。続いて、2冊目の短編集『野ばら』の反響はいかがでしたか?
雲田 田舎住まいだからだと思うのですが、反響はあまり届かなかったんです。1冊目の『窓辺の君』は鳴かず飛ばずで、単行本の初版部数もそれほど多くなく、重版もかからず、最初はこんなもんだよなあ、と。けど、そんなしょんぼり作家でも、幸せなことに毎月定期的にお仕事はいただけていて。それがうれしかったので、「売れたい」というよりは、細く長く描き続けたい気持ちのほうが大きかったです。……けど、今思えば、そのためにはまず、売れないといけないんですけど(笑)。

――そうですね(笑)。
雲田 ただ、『窓辺の君』が出たあとに三浦しをんさんからお仕事をいただいたり、後に『昭和元禄落語心中(以下、落語心中)』の担当になる編集さんからご連絡をいただいたり……すごい方にお声がけいただいて、それはうれしかったですね。今思うと、そのあたりがターニングポイントだったのかな、と。マンガを描き始めてから数年ではありますが、まだ「これはもうダメだ」と思ったことがなく、お仕事もずっと途切れなくいただけているし、こんな幸せなことはないなと思っています。

――まさに順風満帆という。『いとしの猫っ毛(以下、猫っ毛)』と『落語心中』の連載は、ほぼ同時に始まっていますね。
雲田 両方とも2010年の3月からです。『猫っ毛』はちょうど『野ばら』の単行本作業が終わったタイミングで新雑誌で描くことになったので、次は連載で、と。『猫っ毛』に関しては、「できあがるまでのふたり」ではなくて「できあがってからのふたり」のお話がずっと描きたいと思っていたんです。当時は他にそういう作品がなくて、『サザエさん』のようなBLというか(笑)、何も事件は起きないけど、ただ見守っているのが楽しいような作品を描きたいと思って。

――舞台を下宿にしたのは……。
雲田 ふたりのことだけをずっと描いていると膨らみがないなと思いまして、ふたりを取りまくいろいろな種をまいておきたかったんです。あと「下宿モノ」は大好きな少女マンガの定番なので、いつかやってみたかったというのもありました(笑)。

――やはり少女マンガの影響は大きいんですね。
雲田 そうですね。70年代の少女マンガが世界一カッコいいと思っています。

落語は落語家の人生に通ずると思えた『落語心中』

――もう一方の、『落語心中』はタイトル通り「落語」をモチーフにした作品ですね。どこに惹かれたんでしょうか?
雲田 波長が合ったというか、フィーリングでしょうか。落語の世界には、絶対的な正義というものがなくて、すべてがゆるっと受け入れられていく、あの世界観がいいな、と。それと、落語は自分自身のなかにある「好き」と「絵を描きたい」という気持ちが直結していたんです。「シンプルな高座や着流しが描きたい」という気持ちと、私自身が落語初心者なので、もっと詳しくなりたいということもありまして。

――基本的には、八雲師匠の生涯を追いかけるような形で話が進みますね。なぜこのような話を描こうと思ったのでしょうか?
雲田 落語家さんの人生そのものに、落語に通ずるものがあるような気がしたんです。落語家さんは、亡くなる直前まで芸と向き合う方が多いんです。落語の表現に年齢が影響することもあるし、結婚や出産、加齢や病気とともに落語も変わっていく。そういう意味で、落語が人生そのものを表現しているように思えたんです。そうであれば、人の一生を描くと同時に落語も描けるんじゃないか、と。

――最終的には、他者とのコミュニケーションのなかで人生を見つけていくところに結論がきますよね。これは当初から考えていたことなんでしょうか?
雲田 そこは、描きながらたどり着いた部分が大きいです。落語ってなんだろう?というのを連載しながら考えて、あそこに至ったという。キャラクターが考えていることは時期によって変わりましたし、まるで予想していなかったセリフもありましたし……。なかでも与太郎は、想像外のことをよくするので、作者の私もビックリしますね。ペン入れした瞬間に、すごい顔しているので驚くことも多かったです(笑)。下絵まではなんとなく、ふぁ〜っと描いているんですけど、ペン入れが完成したら思わず笑っちゃう、という。与太ちゃんが、話の流れをガラッと変えることが多かったですね。

過去にさかのぼるとキャラクターへの理解が深まる

――その2本と並行しながら『新宿ラッキーホール』の連載も始まって。これはゲイビデオの制作会社が舞台という、かなり異色の作品ですが……。
雲田 ノンケの人が諸事情があってゲイビデオに出なきゃいけなくて、同性と関係を持たなきゃいけない。そのときに生まれる葛藤に面白さを感じたんです。ノンケの人が翻弄されていろいろなことを考える、それだけでドラマが生まれます。そういうシチュエーションを作りやすい環境を考えていった結果、ゲイビデオ制作会社、という職業にたどり着きました。

――ストーリー的には時間を過去にさかのぼっていく構成になっていますよね。
雲田 最初は、読み切りのつもりで描いていたんです。でも、そこにサクマさんというキャラクターが出てきて、「この人のことをもっと描いたら、面白いだろうなあ」と。サクマさんと苦味ちゃんの間に何があったのかを描けば、話を続けられるなあっていう。

――最終的には、それがふたりの過去編へとつながっていくわけですね。
雲田 私の作品は、過去編が多いんですよ。『猫っ毛』も『落語心中』もそうですけど、現在の姿を描いてから過去にさかのぼって……というスタイルが多い。『窓辺の君』でもやっていましたし。それを描くことで、キャラクターのことをもっと理解できるかなと思ったんです。

マンガはそのときに描きたいものを描く

――『落語心中』もそうですが、どこか昭和の匂いがする舞台設定も、興味深いです。
雲田 昭和っぽいものが好きですね。理由もわからず惹かれるという感じです。私が中学生くらいの頃に高河ゆん先生やCLAMP先生が革命を起こして、そこで世の中の絵柄のトレンドがスタイリッシュなものに変わった印象があるんですが、私個人の絵柄は、その変わる前の時代で止まってしまっているんです(笑)。

――確かに、雲田先生の線は柔らかいですよね。作画はデジタルですか?
雲田 アナログでペンとベタまでやって、トーンだけデジタルです。私がマンガを描き始めた頃は過渡期で、両方とも便利に使っているんですけど、できるだけアナログっぽく見えるように工夫をしています。たとえば、カケアミなどはペンタブではまだスピードが追いつかないんです。やろうと思えばできるんでしょうけど、私はペンのしっかりした線のほうがしっくりきています。ペンタブとペンの感覚が同じになる日もすぐに来ると思うんですけど、今はまだタイムラグを感じてしまいます。

――では最後に、これからやってみたいこと、描きたい作品などはありますか?
雲田 私は「マンガはそのときに描きたいものを描く」という感じなので、今はまだ具体的に決めないほうがいいのかなと思っています。描くときだけガッと集中して資料などを調べて、マンガが終わったら忘れて、一瞬だけすごく詳しいっていう(笑)。ただ、描くのを休んだらダメだろうな、という感じはあります。描き続けていないと、マンガの描き方ってすぐに忘れてしまうので。

――なるほど。
雲田 その他にやりたいことと言えば、アニメのキャラクター原案にはとても興味があります。原作や監修としてアニメ作品数本に関わらせていただいて、用途に合わせてキャラを作ることが楽しかったので、オリジナルアニメのキャラクター作りもやってみたいですね。もちろん、マンガもずっと描きたいので、健康第一で、淡々と細く長く続けられればと思っています。

雲田はるこ
くもたはるこ。栃木県出身。2008年にBL短編『窓辺の君』でデビュー。2010年に発売した2冊目のBL短編集『野ばら』が話題を呼び、同年に『いとしの猫っ毛』と、初非BL作品『昭和元禄落語心中』の連載がスタート。後者はアニメ化され、こちらも大きな反響を呼んだ。その他の作品に『新宿ラッキーホール』など。三浦しをん原作『舟を編む』ではTVアニメのキャラクター原案とコミカライズを担当。
作品名掲載誌(掲載年)
窓辺の君職業カタログ(2008年)(※1)
GOOD BYE,HONEYリーマンカタログ(2008年)(※1)
Lay Down,Sallyバッドエンドカタログ(2008年)(※1)
はじめて弾く恋のうたはじめてカタログ(2008年)(※1)
あなたには言えないCan't tell you 三角関係カタログ(2008年)(※1)
悪童セヴンティーン身分違いカタログ(2008年)(※1)
だいだい色に溶けあう攻×攻 カタログ(2009年)(※1)
みみクンのBOYの季節Cab(2009年)(※2)
野ばらCab(2009年)(※2)
Lullaby of BirdlandCab(2009年)(※2)
みみクンのハートのイアリングCab(2010年)(※2)
いとしの猫っ毛シトロン/BE・BOY(2010年)
昭和元禄落語心中ITAN(2010年)
唇は苦い味on BLUE(2010年)(※3)
約束は一度だけon BLUE(2011年)(※3)
ハートに火をつけてon BLUE(2011年)(※3)
Be here to love meダメBLアンソロジー(2011年)
陽当りの悪い部屋on BLUE(2011年)(※3)
ばらの森にいた頃on BLUE(2012年)
ほうほうのてい〜しゃばけ漫画〜小説新潮(2013年)
Love in motion不憫BLアンソロジー(2013年)
モンテカルロの雨号外on BLUE(2014年)
ヨシキとタクミ号外on BLUE(2016年)
舟を編むITAN(2016年)(○)
※1:単行本『窓辺の君』に収録  ※2:単行本『野ばら』に収録  ※3:単行本『新宿ラッキーホール』に収録  ○:原作付き