セバスチャンと出会って「引き算の美学」を見つけた
――小野さんがアニメ『黒執事』の座長になったのは30歳の頃。そこを起点に演技の幅をどんどん広げ、数々の代表作に挑んできた印象があります。小野さんにとって、セバスチャンはどんな存在なのでしょうか?
小野 前回もお話ししたとおり、セバスチャンのことはずっと引き算の美学で演じてきました。でも、それは自分でそうしようと決めたわけではなく、最初にいただいた「淡々と低く」というディレクションをずっと守り続けた結果でした。僕は外画の吹替出身なので、息遣いを芝居に落とし込むことについては、自分の中にこだわりというか、矜持があったんです。でも、『黒執事』ではそれをやってはダメで。呼吸すること=生きているということ。セバスチャンは悪魔だから、呼吸感さえいらないと言われました。それは苦しかったし、しんどかったし、当初は楽しくなかったですね。これは演技ではなく、ただ声を出しているだけではないかという葛藤もありました。セバスチャンを通して、役づくりというものに真剣に悩み、一度リセットしたんですよね。
――それは大きな転機でしたね。
小野 はい。『黒執事』に出会ったのは、役者人生の出発点である外画から、京都アニメーションの『AIR』や『涼宮ハルヒの憂鬱』につながって、アニメでいろいろな役をいただくようになった節目の時期でした。思い返してみると、それまでは「役を演じる」ということを深く考えたことがなかったのかもしれません。『黒執事』でそれまで自分が信じていた表現を封じられて、どうすればいいんだよって悩んだ挙句、「引き算の美学」を見つけた。本当に転機でしたね。少しずつ引き算を面白いと思えるようになって、逆にもっとやりたくなって、そして小野大輔といえば『黒執事』と言っていただけるようになって。今はそれをすごく誇りに思っています。でも、『黒執事』が代表作だとしたら、次の作品をセバスチャンの方法論で演じたらダメだとも思ったんですよね。セバスチャンは品があって美しいキャラクターだから、次は泥臭くて熱くて、男っぽい役がやりたいと思ったんですよ。そこを意識していたから、うまく次のステップに行けた気がします。
――空条承太郎(『ジョジョの奇妙な冒険(以下、ジョジョ)』)の登場ですね。
小野 そうです。自分のバックボーンにある『ジョジョ』への憧れを現実にして、空条承太郎を自分の役にできたのも、『黒執事』で悩んで考え抜いたおかげ。引き算の美学を学んだからこそ、今の自分があるのだと思っています。
今回はセバスチャンの息遣いにこだわった
――これまでのお話を聞いていると、『寄宿学校編』のセバスチャンのわずかな変化が、かけがえのないものに思えてきます。
小野 今回から息遣いを少し入れてもいいということになったので、呼吸の表現は本当にこだわりましたね。今までだったら絶対になかったことだと思うんですが、セバスチャンが走るシーンまであるんですよ。まだ先の話になってしまうんですが、あるシーンの裏で、セバスチャンが言葉の通り、東奔西走しています。
――ファントムハイヴ家の執事ではない、寮監の顔も新鮮ですよね。
小野 そうですね。寮監として生徒と話すときは、遠くへ呼びかけたりするシーンが多いのですが、これまでのセバスチャンなら絶対にやらなかったこと。個人的には、ずっとお世話になっている音響監督・明田川仁さんが『黒執事』に新しく参加されたことも大きな変化です。「セリフの距離感を出していいよ」と言っていただいて、思わず「やっていいんですか」と聞き返してしまいました。今回からそれをやっていい、セバスチャンも少しだけ人間に寄った息遣いをしていいと、スタッフサイドから提案があったそうで。それを仁さんがディレクションしてくれて安心しました。息していいんだって(笑)。
――喜びもひとしおですね(笑)。他にも、『寄宿学校編』ならではの魅力を教えてください
小野 ここまでは変化の話をしてきましたが、『黒執事』にはやっぱり変わらないよさがありますね。『寄宿学校編』には、これまでのシリーズに出てきたおなじみのキャラクターもちょっとずつ顔出ししてくれるんです。アフレコ中は、あのキャラが出てきてくれた、このキャラもいるんだという、再会の喜びに満ちていました。前半でいうと、ソーマとアグニの登場ですよね。ちょっとしたシーンにも、思わずニヤリとしてしまうようなファンサービスが散りばめられています。
――第4話以降の展開も楽しみですが、注目してほしいポイントはどこでしょう?
小野 僕がおすすめしたいのは、頑張っているシエル。このあと、シエルがとにかく頑張ります。これまでとは違った意味で、泥まみれ、汗まみれになって、血だらけになってでも一生懸命に目的を果たそうとする、そんなシエルの姿が見られます。そこには清々しささえ感じましたし、『黒執事』でこんな青春が見られるんだという驚きがありました。それに絆(ほだ)されるセバスチャンも、少しだけ見られます。これまでずっと『黒執事』を愛してくださった方はもちろん、初めての方でもグッとくるようなシーンが待っています。もちろん、その先にあるドス黒い存在もしっかり闇深く描かれていますので……。僕は本当にムカつきますが(笑)。
――小野さんの正義感はまったくブレないですね(笑)。
小野 あはは。アンダーテイカーが苦手なんです。諏訪部(順一)さんは大好きですけどね。闇も光も含めて、見てくださる方の期待を裏切らない「これぞ『黒執事』!」という展開が待っていますので、ぜひ期待して待っていてください。
- 小野大輔
- おのだいすけ 1978年5月4 日生まれ、高知県出身。主な出演作は『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズ(空条承太郎)、『宇宙戦艦ヤマト2205』(古代進)、『おそ松さん』(松野十四松)など。