スケジュールを守りつつ、クオリティも担保できた
――今回のアニメーション制作は、シグナル・エムディとサブリメイションの2社体制です。3Dを用いた背景処理やレイアウトも特徴となっています。
イシグロ 絵としては狙い通りのものになりました。なかでも監督という立場から満足感があるのは、制作工程のスムーズさですね。ショッピングモールの外観も内観も3Dでしっかりと作り込み、そこから背景のレイアウトを取るやり方なのですが、それだけではなくて、美術的なテクスチャーを前もって3D上に貼り込んでいます。それは以前『Occultic;Nine-オカルティック・ナイン-』でもチャレンジしたやり方なのですが、テクスチャーをある程度貼り込んでおいて、あとはレタッチだけですむように『サイコト』でもできたんです。
――どうしてそれが可能になったのでしょうか?
イシグロ (3D制作に強い)サブリメイションが共同制作で入ってくださったので、モデリング作業をフレキシブルに対応してもらえました。もともとは予定していなかったレコードショップの内観などもモデリングしていただけたので、スケジュールを守りつつ、クオリティも保てるというバランスはうまく取れた自信があります。
――街中のタギング(落書き)など、貼り込み要素も多いですからね。
イシグロ そういうものにこだわることができたのも、共同制作のおかげですね。当然ながら、それを突き詰めるためには美術スタッフと3Dスタッフの連携も必須です。今回はショッピングモールのなかもモデリングしているので、サブリメイションと美術監督の中村千恵子さんでやり取りをしていただきながら、動きのついた背景美術を制作することができました。
アニメが絵である意味を表現できた、背景の制作作業
――そういった3Dを生かした郊外の風景は、イシグロさんの原風景が反映されている部分もあるのでしょうか?
イシグロ 山の稜線の感じも含めて、そのあたりは反映されていると思います。僕も山に囲まれているような土地で育った人間なので、遠くにいけばいくほど、色が褪せていくのは実感としてあります。これは絵画でいう空気遠近という技法に近いもので、遠くの風景はディテールが色に溶け込んでいくんですね。実際に美術作業をしているときに中村さんからも聞いたのですが、『サイコト』では、3Dモデリングから抽出したラインをそのまま使っているところはほぼないそうです。どれも線を減らしていると。
――3Dモデリングで生まれた、ある意味ではリアルなラインを減らす作業をしている。
イシグロ 寄りの絵ではそのまま使うこともあるらしいのですが、引いた絵のときは減らしている。たとえば、チェリーが農道を歩いているシーンで、その奥にあるショッピングモールは3Dで作成されたものをベースにしているのですが、あえて線を塗りつぶしているそうです。パースそのものはサブリメイションが合わせてくださっているので、画面設計としては違和感がない。
――別にラインを抜かずとも、絵としては成立するわけですよね。
イシグロ そうですね。ただ、減らしたり塗りつぶしたりのひと手間があるから、手描きと3Dがなじんで見えるのだと思います。
――ラインを抜くかどうかの判断として、そのカットでは背景ではなくキャラクターに注目してほしいとか、そういう意味合いもあるのでしょうか?
イシグロ もちろんです。とくにこの作品は、遠近でピントをぼかさないパンフォーカス方式でやっています。カメラが向けばどこもピントが合ってしまうので、人によっては背景のほうを見てしまう可能性もあるわけです。でも、シーンとしてキャラクターに集中してもらいたいときは背景のディテールを落とすなど、細かく手を入れることができました。手間がかかることはわかっていましたが、それは美術面としてお願いした部分でもありますね。
――つまり、絵画の技法をもとにした、アニメならではの表現とも言えますね。
イシグロ はい。アニメが絵である意味を、そういう作業も含めて表現しているつもりです。
- イシグロキョウヘイ
- 1980年生まれ。サンライズで制作進行を務めたのち、演出家デビュー。その後フリーとなり、『四月は君の嘘』で初監督を手掛ける。7月22日に、監督作品としては初となるオリジナル劇場映画『サイダーのように言葉が湧き上がる』が公開された。