TOPICS 2023.05.19 │ 12:00

映画『名探偵コナン 黒鉄の魚影』
脚本・櫻井武晴が語るコナンと灰原に込めた「希望」②

八丈島の海洋上を舞台に、ミステリーとサスペンス、迫力のアクションが融合する映画『名探偵コナン 黒鉄(くろがね)の魚影(サブマリン) 』。2013年の『絶海の探偵 (プライベート・アイ)』以来、「黒ずくめの組織」や公安警察をとりまく骨太な犯罪ドラマで人気シリーズの立役者となった脚本家・櫻井武晴が、『名探偵コナン』で描きたいものとは? 人間ドラマの醍醐味に迫るインタビューの後編をお届けする。

取材・文/高野麻衣

※本記事には物語の核心に触れる部分がございますので、ご注意ください。

黒ずくめの組織を描くときは原作の0.2~3歩先の未来が見えるように

――「黒ずくめの組織」の現状と行く末を暗示する本作。組織の幹部、ジンとウォッカについて、櫻井さん流のキャラクター分析を聞かせてください。
櫻井 ジンは、見えない標的に対して強い人。洞察力が高く、つねに左脳が働いています。たとえば、キールの靴底に仕掛けられた盗聴器や、ウォッカを追跡しているコナンに気づくのはいつもジン。だから、あらかじめ現場に爆発物を仕掛けておくなど、用意周到です。ところが、標的が見えるとすぐ右脳優位になって、有無を言わさず殺してしまう。もうちょっと聞いてから撃とうよ、みたいな(笑)。だから「冷酷」と表現されるジンですが、じつは激情型の人なんじゃないかと思います。一方、ウォッカは組織の幹部の中ではいちばん裏表がなく、人間味がある人。同格のメンバーたちがジンに不服があるならなだめたり、折衷案を出したりするのが上手で、会社に入ったらいちばんちゃんとできる人だと思います。ジンの記憶装置にもなっていますし、車やヘリの運転もすごく上手。ウォッカがいなかったら、大変なことになっているんじゃないでしょうか。

©2023 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

――前編では、キールの葛藤が好きというお話もありました。
櫻井 キールは組織のメンバーの中で、ある意味、バーボンより強い覚悟を持った人間だと思います。バーボンって、スコッチのことはあるにせよ、日本という国のために信念を持って組織に潜入していますよね。使命感が非常に強い人だけど、それはみんなのためにしていることなんです。一方、キールはCIA所属ですが、アメリカにそれほど忠誠心があるのかと言われたら、僕にはそうは思えない。彼女の原動力はアメリカへの忠誠心じゃない。父親との過去を背負い、それでも自分は二重スパイを続けていくって決めた人じゃないですか。彼女は生き方を自分で選んでいないんですよ。そういう生き方しかできなくて、でも自分はそれでいいと決めている。覚悟のレベルが一段、他の潜入捜査官(NOC)とは違うからこそ、赤井を撃つという決断も下した。NOCとしてギリギリのところを歩いているのがキールで、そのギリギリ具合がカッコいいんです。

©2023 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

――たしかにカッコいい、ハードボイルドな生き方ですね。他に、組織の動きで注目すべき点はありますか?
櫻井 ラムの動きに注意してもらえば……これはあまり話せないですが、組織が今どんな状態なのかが垣間見えるかもしれません。幹部たちはそれぞれ自力で動いているように見えるけど、そうじゃない。ラムでさえ、ある大きな目的のために動かされているんです。

――お話を伺うだけでゾクゾクしてきます。櫻井さんが『名探偵コナン』の脚本を執筆するうえで心がけていることは何ですか?
櫻井 原作の0.2~3歩先を描くことです。半歩だと行きすぎなので、0.2~3歩だけ未来の『名探偵コナン』が見えること。ずっと見てくれているお客様はそれを待っていると思うので。とくに組織を描くときは、細心の注意を払っています。あと、優先順位をつけることでしょうか。事件とキャラクターたちのドラマ、その両方が楽しみなのが『名探偵コナン』じゃないですか。劇場版だと、そこにアクションも加わります。これらを全部入れるととんでもない尺になってしまうので、どこを取捨選択するかをいつも考えています。スタッフと最終的に相談するのも、いつもそこなんですよね。

作中で流れる時間の感覚を忘れないように

――今作にはファンが見るとニヤっとしてしまう過去作へのオマージュも散りばめられていますが、完成したフィルムを見る際に楽しみなことは何ですか?
櫻井 アクションがどんな仕上がりになっているかは、毎回楽しみです。アニメーションの場合、上がってくる画(え)が想像を上回ることが多いんですよ。実写作品は予算の範囲内でできることが限られてきますが、アニメは無制限ですからね。最初の『絶海の探偵 (プライベート・アイ)』のときから驚愕したし、『業火の向日葵』のサンフラワージェットも『純黒の悪夢 (ナイトメア)』の観覧車もすごかった。『ゼロの執行人』では、宇宙から衛星が降ってきましたしね。僕の中でもそうですが、『名探偵コナン』は先生の中で連綿と続いているドラマ。長く続いているにもかかわらず、作中の時間は1年足らずです。20年前に発表されたエピソードだとしても、コナンたちにとってはついこの間のこと。その感覚は忘れないようにしたいと思っています。

――今後、キールのように個人的に描いてみたいキャラクターはいますか?
櫻井 僕が書かなくてもいいんですけど、見たいのは黒田兵衛とラム、そしてスコッチの三者に関するドラマです。スコッチは故人ですけどね。黒田、ラム、スコッチを通した諸伏高明のドラマは、たぶんこれからの『名探偵コナン』にとってすごく重要な気がするので、「オファーがあれば書きます!」という感じですね。

©2023 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

――それは楽しみです! 最後に映画を2回、3回と見るファンに向けて、注目してほしいポイントを教えてください。
櫻井 1回目はアクション、ミステリー、それに伴うサスペンスを。2回目はコナンと灰原、それぞれの救出劇の中にある、ふたりの同志感を。そして、そこにラムがどういう風に影を落としているのかを見つけてください。3回目は黒ずくめの組織に注目して、ひとりひとりの動きから組織の現状と目的を察してみてください。きっと何度でも楽しんでいただけると思います。endmark

櫻井武晴
さくらいたけはる 1970年、東京都生まれ。東宝映画でプロデューサーを務めたのち、脚本家に転身。『相棒』シリーズや『科捜研の女』シリーズなど数多くのミステリー作品に携わる。劇場版『名探偵コナン』シリーズは通算6作目となる。
作品概要

『名探偵コナン 黒鉄(くろがね)の魚影(サブマリン)』
2023年4月14日(金)より全国東宝系にて公開中

原作/青山剛昌「名探偵コナン」(小学館「週刊少年サンデー」連載中)
監督/立川 譲 
脚本/櫻井武晴  
音楽/菅野祐悟 
声の出演/高山みなみ、山崎和佳奈、小山力也、林原めぐみ 他
アニメーション制作/トムス・エンタテインメント

  • ©2023 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会