TOPICS 2021.04.05 │ 12:00

言の葉の庭 美術画集発売記念①新海 誠インタビュー

劇場公開から8年。豊かな自然表現と美しい雨が描かれる「映像文学」が一冊の書籍として帰ってくる。2021年6月24日に発売される「新海誠監督作品 言の葉の庭 美術画集」では監督・新海誠と美術監督・滝口比呂志の新規とりおろしインタビューを収録。そのほか、140点を超える美術背景、監督自らが作成した企画書やコンセプトボードなどのメイキング素材を多数掲載。ここでは本書に収録されている新海誠監督のインタビューを一部抜粋してお届けしよう。

取材・文/宮 昌太朗 リード/編集部 撮影/村上庄吾

※新型コロナウイルス感染予防対策をとって撮影しています。

美しくて情緒的な雨をたくさん描いた『言の葉の庭』

――『言の葉の庭』は、新海監督が「雨」の表現に本格的に取り組んだ初めての作品になるのでしょうか?
新海 そうですね。「雨」そのものをビジュアル的に押し出そうと思っていました。作品的にも「雨」が主役みたいなところがありますし、とにかく美しくて情緒的な「雨」を映画のなかにたくさん入れよう、と。最初にはっきり決めていたのは、セルアニメーションの延長線上で「雨」を表現しようということでした。CGのような物理シミュレーションからの(技術ありきの)アプローチではなく、まずアニメーションとして「こういう表現がしたい」というのがあって、そのためにどんな技術を使うのがいいか、というアプローチですね。たとえば、雨のしずくが地面で飛び跳ねるカットも、基本的にはセルアニメ的な表現――雨粒や波紋にも輪郭線があって、そこを2色とか3色で光と影に塗り分けるという表現になっています。ある程度、抽象化した表現になっているんですね。そういう方向で、強かったり弱かったり、ときには優しかったり、怖い印象になったりする「雨」を作っていこうと考えていました。

――美術監督を担当した滝口(比呂志)さんとは、その後、『天気の子』でも再びタッグを組んでいます。やはり『言の葉の庭』での経験が起用のきっかけだったのでしょうか?
新海 そうですね。滝口さんが「やりたい」と言ってくださったことも大きかったですし、「雨の東京」という題材が『言の葉の庭』と共通していたこともあります。『言の葉の庭』ですごくいい仕事をしてくださった滝口さんにおまかせすれば間違いないだろう、と。

――滝口さんとのやり取りにおいて、『言の葉の庭』と『天気の子』でのいちばん大きな違いはどこだったのでしょうか?
新海 全然違いましたね。『言の葉の庭』のときはスタッフも少人数でしたし、そもそも中編作品だったこともあります。『言の葉の庭』は、すべてを自分でコントロールしたいという欲求が強くあった作品です。もちろん、アニメーターの方がいて、その上には作画監督がいて、CGや美術にもそれぞれ監督がいるんですけど、それでも最後は自分の手で組み立てる――ある意味、自分の色をそこに加えて、完成させたいという思いがとても強かった。ですから、滝口さんや彼が率いる美術チームから上がってきた美術に対しても、1カットごとに自分がジャッジして、必要なときは自分で手を入れて、やりたいことに近づけていく。それを徹底していた気がします。言い換えると、『言の葉の庭』の美術は滝口さんのものであると同時に、自分のものだという感覚が強くある。一方の『天気の子』に関しては、完全分業でやろうと決めていたこともあって、滝口さんら美術チームが組み立ててくれたものだという感覚が強いんです。その意味では、仕事のやり方やワークフローにしてもずいぶん違いました。

『言の葉の庭』と『天気の子』の雨の違い

――この本には、新海監督が作成した「趣意書」も掲載しているんですが、そこで「この日常が10年後にはなくなるかもしれない」というような、ある種の緊迫感や不安のなかで、どう日常を描いていくかがテーマだった、と書かれています。同じ東京の風景を描いている『言の葉の庭』と『天気の子』で、どんな風に街の風景は変わったと思いますか?
新海 東京の風景、というよりも世の中そのものが大きく変わりましたよね。世の中というのはつねに変わり続けているものなんでしょうけど、「雨」の表現ひとつとっても、『言の葉の庭』の「雨」が情緒的なのに対して『天気の子』の「雨」はすごくタフに感じる。そこはそもそも、世の中における「雨」の存在が変わってきたからだと思います。『言の葉の庭』のなかでは『万葉集』が引用されていますが、『万葉集』で描かれている「雨」というのは、なんだか美しいものであったり、あるときは人と人とを結びつけ、またあるときはその距離を離してしまったりするものでもある。そういう情緒と結びついた自然表現になっていると思うんです。しかも『言の葉の庭』を作っていた2012~13年頃までは、そうした感覚がはっきりとあったような気がします。

――「雨」に対する私たちのイメージも変わってきている。
新海 今はもう「雨」が激甚化していて、人間を害するものになってきていることが、ここ数年の間で明白になっていますよね。ですから「雨」をひとつとってみても、今とはまったく違うなと思います。また、この映画を作っていた頃とは国内外の情勢も変わりました。世界の雰囲気が変わると、作りたいもの、描きたいものも変わるわけです。同じ東京を舞台にしていても『言の葉の庭』と『天気の子』では、自分の意識も大きく違っていました。当時を思い出すと、遠い昔のことのような感じがしますね。

今でも雪野のような人がどこかで生きている気がする

――新海監督は、インタビューなどで「『言の葉の庭』には『彼女と彼女の猫』の語り直しの側面もある」というお話をしています。ヒロインの雪野は27歳の働く女性という設定ですが、彼女を表現するにあたってどんなアプローチをしたのでしょうか?
新海 劇中、雪野がファンデーションを落として涙ぐむシーンがあります。このシーンは、まわりの女性スタッフに「日常のふとした瞬間に、ぐっと悲しくなる瞬間はないですか?」とヒアリングしたときに出てきたエピソードがもとになっています。高価なファンデーションを割ってしまったときには、場合によっては泣きそうになる、と。僕自身は実感としてはまったくわからないけれど、27歳の女性をメインキャラクターとして映画に入れるために、そういうヒアリングをずいぶんやりました。その意味でも『言の葉の庭』はすごく思い出深い作品になっていますし、27歳の雪野は今でも好きなキャラクターのひとりですね。

――なるほど。
新海 今でも彼女のような人がどこかで生きている気がします。そもそも27歳というのは、僕が『彼女と彼女の猫』を作ったときの年齢なんです。しかも「なんとなく作り始めました」というのではなくて、今思い返すと、もう少し深刻な気持ちがあって、作らざるをえなかった。このままだと、大事なことができないまま、どんどん生活だけが続いていってしまう。そういう焦りや苦しさみたいなものが強くあったんですね。そのときに『彼女と彼女の猫』を作り始めて、多少なりとも、その苦しさみたいなものが和らいでいったような記憶があります。endmark

書籍情報

新海誠監督作品 言の葉の庭 美術画集
2021年6月24日発売
監修/コミックス・ウェーブ・フィルム
予価/2,970円(本体2,700円+税10%)
B5ヨコ判/160ページオールカラー/スリーブケース付き
発行/一迅社

  • ©Makoto Shinkai / CoMix Wave Films