DAと真島の「痛み分け」は絵コンテで追加した
――物語はハッピーエンドで終わるものの、真島も生き残っている描写があるなど、やや不穏な空気も漂っていました。このような形にしたのはなぜですか?
足立 真島が生き残っていたという描写は、じつは脚本段階ではなかったんです。あれは自分が絵コンテで追加したんですけど、あのシーンがあったほうがいいような気がしたんですよ。真島がばらまいた1000丁の銃も完全には回収できておらず、社会としてはまだ不安を抱えた状態が続くというオチにしたのは、DAも真島も双方痛み分けにするしか落としどころが見つからなかったからです。
――それは、DAが絶対的な正義で真島が完全悪というわけではないからですか?
足立 そういうことです。DAが牛耳る世界って、あれはあれでヤバいじゃないですか。とても不思議なことに、この作品は悪役である真島が言っていることのほうがじつは正しいんですよ(笑)。DAの信条というのは、言ってしまえば「最大多数の最大幸福」で、つまりは功利主義なんです。でも、その代償としてマイノリティはどんどんと追い詰められてしまう社会で、果たしてそれが正常なのかということですよね。ただ、そういうことを描けば描くほどエンタメからは遠ざかってしまうので、あくまでフレーバーとしてにおわせる程度にとどめたつもりです。
千束たちはハワイから帰ってくる?
――第13話はハワイで喫茶リコリコを営業しているシーンで締めくくられます。足立監督の中では、あのあとの千束(ちさと)たちをどのように思い描いているのでしょうか?
足立 千束たちがこのままハワイに長期滞在するとは思っていなくて、自分としてはあくまでみんなでバケーションに来ているというイメージです。千束は絶対に海外旅行に行きたいだろうし、どうせならミカのコーヒーを現地の人にもふるまってみようよ、くらいの軽いノリだと思います。日本に帰ればお店では常連客たちが待っているでしょうから、わりとすぐに戻るつもりなんじゃないかなと勝手に思っています。
――なるほど。となると、その先のお話も視聴者としては期待してしまうのですが……。
足立 以前にも少しお話ししたように、ファンの皆さんからの熱烈なラブコールがあれば、なんらかの展開は可能だと思います。幸い、たくさんの支持をいただけましたから、すぐに次の手を打てればいいんですけど、いかんせん予想外だったもので(笑)。今はとにかく激戦地からボロボロになって帰還したばかりですから、すぐにまた出兵しろと言われるとさすがに厳しいです(笑)。
初監督作で楽しかった思い出は……?
――初めての監督作品でしたが、実際に監督を務めてみてどんな感想を持ちましたか?
足立 率直な気持ちを言えば、監督ってなかなか割に合わない仕事だなと思いました。振り返ってみても、浮かんでくるのは大変だった記憶ばかりで(笑)。アニメーターであれば、仮に作品が失敗したとしても「自分が担当したパートの作画はしっかりとやりましたけど?」と言い訳も立ちますが、監督はそうはいかないですからね。しかも、今回は脚本まで自分でガッツリと書いているので言い逃れができないんですよ。失敗したら100%自分のせいなので、そこはやっぱり厳しい世界だと感じます。情勢的にスタッフやキャストさんたちの労をねぎらったりする機会も取りにくいので「監督をやってよかった!」とはまだ思えないんですよ。もう少し時間が経てば、気持ちもまた変わってくるのかもしれませんが。
――あえて楽しかった思い出を挙げるとするならどんなことですか?
足立 これは自分でも発見だったんですけど、キャラクターのセリフを考えているときがいちばん楽しかったですね。今回はオリジナル作品だったので、脚本でも絵コンテでも自由にセリフをいじれて、それが最大の楽しみでした。原作ものだと難しいと思うので、もし、また監督をやらせていただく機会があれば、やっぱりオリジナル作品がいいなと思います。セリフ作りの醍醐味はまた味わいたいですね。
――では、最後にファンに向けてメッセージをお願いします。
足立 ここまで熱心に応援してくださって、本当にありがとうございます。ひとりのアニメーターとして長く制作現場を眺めてきて、自分なりに「もっとこうしたらいいのでは?」と感じていたことを具現化したのが『リコリス・リコイル』で、業界の常識から外れた考え方やワークフローをいろいろと試したんですが、幸運にもたくさんの方からの支持をいただけてとてもうれしいです。この作品は、できればこれからも大切に育てていきたいと思っていますので、引き続きの応援をぜひよろしくお願いします。
- 足立慎吾
- あだちしんご 大阪府出身。アニメーター、キャラクターデザイナー、アニメーション監督。代表作は『WORKING!!』(キャラクターデザイン・総作画監督・作画監督・OP&ED作画監督)、『ソードアート・オンライン』(キャラクターデザイン・総作画監督・作画監督補佐・OP&ED作画監督)、『映画大好きポンポさん』(キャラクターデザイン)など。