TOPICS 2022.07.26 │ 12:00

総監督・富野由悠季が語る
劇場版『Gのレコンギスタ』の音楽と画作り①

第4部、第5部が連続公開となり、いよいよ完結を迎える劇場版『Gのレコンギスタ』。音響制作や作曲家の選定については一貫して「プロにまかせてきた」と語る富野由悠季総監督だが、「唯一の例外だった」というDREAMS COME TRUEとの作業と、劇場版のテーマソングとしての「G」という楽曲について、インタビューで語ってもらった。

取材・文/森 樹 撮影/松本祐亮

第5部の完パケまでは、「ドリカムの曲を使った」とは言えない

――劇場版『Gのレコンギスタ(以下、G-レコ)』のテーマソングを手がけているDREAMS COME TRUE(以下、ドリカム)さんは、富野さんからのリクエストと聞きました。
富野 僕自身ではないのですが、僕サイドから、打診してくれないかと会社にお願いしました。実際にオファーをしたらOKをいただいたので、こちらが逃げ出そうかと思ったくらいです(笑)。

――ドリカムさんが書き下ろした「G」という楽曲が、劇場版第2部から5部を通じてテーマソングとして使用されています。
富野 メンバーの中村正人さんは『G-レコ』を見てくれていて、オファーを引き受けてくださいました。そうなると、音楽の菅野祐悟さんが制作した楽曲との音色の違いも目立ってしまって、使い方を考えなければいけなくなりました。第2部(『ベルリ 撃進』)では「いちおう使ってみた」という感覚でしかなくて。第3部(『宇宙からの遺産』)のときに菅野楽曲とのバランスを考えて「行けるのか?」という大勝負をやりました。結果的に、バランスは悪くなかったので安心はしました。

――エンディングで使われていましたね。
富野 ただ、このまま終わらせるわけにはいかないと考えたんですよ。今回の第4部(『激闘に叫ぶ愛』)と第5部(『死線を越えて』)でも、どういう風に使うのかを考え続けてきました。楽曲に対して、画が追いかけていって、追いつくためには、劇構成に及ぶことまで考えないといけませんでした。なので、第5部の完パケまでは「ドリカムの曲を使った」とは言えないんですよ。

イメージソングと呼ぶのであればここまでやらないといけない

――最後まで作業を終えて、ようやくコラボレートが完結するということですか?
富野 これだけの楽曲をいただくと、劇伴でもやらないといけなくなることがかなりあると教えられました。吉田美和さんの歌詞に対しても、落とし前をつけないといけないので、それはとても過酷な仕事でした。逆に言うと、ドリカムさんレベルの方々からこういう宿題を丸投げしてもらえたという意味では、自慢してもいいかなと思えます。「お前にはそれだけの技量があるのか?」と教えられたのが『G-レコ』という仕事になってしまったわけです。

――楽曲に見合った画作りを考えざるを得なくなったわけですね?
富野 その結果、音響をどう考えるだとか、楽曲をどう考えるかという話にもつながってきました。そうすると今度は「菅野(劇伴の菅野祐悟氏)つぶし」のような気分になってしまいます。いくつもの才能をひとつの作品に重ね合わせると地獄が起きることがあるということです。作品というのは、ひとりの作家が作るものでなければいけないので……。

――ひとつの役割にひとつの作家という考え方ですね。
富野 うまくコラボしたと言えるのかは公開後にしかわかりませんが、そういう作業を行った第5部は「こういうことができるんだ」という発見の面白さはあると思います。「イメージソング」と名乗っているけれど、楽曲と映画がまるで関係のないものも多々ありますが、今回の「G」は間違っても「なんとなく入れました」というものではないものになっています。それには絶対の自信があります。「イメージソングと呼ぶのであればここまでやらないといけない」という最低限の線引きができたと言えるかもしれません。そのうえで第1部から見てほしいですし、そういう作品に仕上げたつもりです。

ドリカムから「この曲をどう使う?」と試されていた

――シェイクスピアからモビルスーツまで、歴史や文化の流れを鷲づかみにするような吉田美和さんの歌詞にも衝撃を受けました。
富野 あの歌詞に関しては、吉田美和さんが『G-レコ』について徹底的に調べたのだと思います。あの方の作詞論から、ああいった言葉遣いがあるとは僕には想像がつかなかったし、卒倒するしかなかった。一方で、あの曲には欠点があります。一曲の中にボーカルの固まりがないんです。要は、曲自体が劇伴になっている。こういう作り方をしてきたのは、中村(正人)さんがこちらに喧嘩を売ってきたんだと思いました(笑)。

――中村さんなりの回答であったと。
富野 「お前らはこれをどう使う?」と言われているようなものです。そういう応酬の中でモノを作っていくのは面白いけれど、僕は3年かかってようやく「受けてやろう」と思えるようになりました。それまでは負けっぱなしで、スタッフと相談しながら、ようやくしっぺ返しができる方法があるかもしれないと思いつきました。

――第5部までを通じて対応できる手段を見つけていったわけですね。
富野 なので、おまかせしていても、作品を作る過程で今回のような「要求」が相手から出てくるんです。その要求が読めるかどうか、僕はこの歳になって問われました。ドリカムさんは僕よりも30歳近く若い方々です。ドリカム側から言わせれば「富野は俺たちのことを舐めていたよね」という言い方はできるでしょう。だから、発注どうこうではなく、作り手サイドとはつねにそういうやり取りをしているし、それを作品に落とし込めたのは幸せでした。

――喧嘩を売られた、という言葉がありましたが、これまでの監督人生の中で、そうした感情を抱くことは他にもあったのでしょうか?
富野 これまでにも何人かの作曲家に喧嘩を売られています(笑)。いい楽曲が出てきたときには「え!?」と思います。「この曲を使えるようにしろ」ということだけど、画面上で使うのは本当に難しい。ただ、喧嘩を売られるというのは、その方たちがある一定のアベレージを持っているということです。そこまで行けない、または脱落していく人たちというのは、全部言いなりなんだよね。「こういうタイプの作品だ」と輪郭に当てはめて、それに寄り添って仕事をすればいいのだという根性を持つと、その瞬間に堕ちていく。それは音楽にしても、声優にしても、デザイナーにしてもそうです。

――慣れや思い込みで仕事をすることの怖さですね。
富野 それに俗に言う「一流」の人は、若いときからちょっと生意気です。「俺がいいと思うんだからこれでやってください」という顔をする。そういう人って本当に腹が立つけれど(笑)、やがて自分の名前で仕事ができるようになります。ドリカムさんについて言えば、出してくる楽曲がとにかくすごいわけだから、本当に癪にさわるんだよね(笑)。endmark

富野由悠季
とみのよしゆき 1941年生まれ。神奈川県小田原市出身。アニメーション監督・演出家、小説家。劇場版『Gのレコンギスタ』では総監督を務める。2022年7月に第4部『Gのレコンギスタ Ⅳ』「激闘に叫ぶ愛」が公開され、8月5日には完結編となる第5部『Gのレコンギスタ Ⅴ』「死線を越えて」が公開となる。
作品情報


劇場版『Gのレコンギスタ Ⅳ』「激闘に叫ぶ愛」
大ヒット上映中!

 


劇場版『Gのレコンギスタ Ⅴ』「死線を越えて」
8月5日(金)全国ロードショー!

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