TOPICS 2022.11.15 │ 12:00

監督・渡辺歩が語り尽くす『サマータイムレンダ』の制作舞台裏①

11月15日より各サービスで配信がスタートした『サマータイムレンダ』。「自分の“影”を見た者は死ぬ」という謎めいた伝承をめぐり、時を駆け抜けるSFサスペンスが完結を迎えた今、渡辺歩監督に、二度と戻らない「あの夏」を語ってもらった。インタビュー前編は作品との出会いやロケハンの思い出、作品を彩る楽曲について。

取材・文/高野麻衣

※インタビュー内容は雑誌「Febri AUTUMN 2022」の再掲載です

もう参ったっていうぐらい 田中靖規先生の絵が好きなんです

――作品との出会いを教えてください。
渡辺 プロデューサーである児島宏明さんの紹介です。彼は面白いマンガへの嗅覚がすごい。常日頃から注目作を教えてもらっているんですが、そのひとつが『サマータイムレンダ』でした。当時はまだ何の確約もなかったのですが、いち読者として大ファンになりまして。アニメ化決定には時間がかかるので、途中でもう自分のところには来ないとあきらめ、悔しいから忘れようとマンガをしまい込んだほどです。だから、制作が決まったときは本当に狂喜乱舞して、すぐに引っ張り出しましたよ(笑)。

――とくに魅力的だったのは何だったのでしょう?
渡辺 もう参ったっていうぐらい、絵が好きなんです。キャラクターの造形、愛くるしさも含めて、とにかく絵がうまい作家さんだなと思いました。もちろん、ストーリーも魅力的なのは、言わずもがなです。冒頭は重苦しい雰囲気で、地に足がついた読み応えで惹きつけつつ、後半から驚くほどファンタジックになっていく。読み手の想像をいい意味で裏切る。読ませ上手というんですかね。ズルいマンガですよね(笑)。作者さんが楽しんで描かれているっていうのも伝わってきます。それを読者が一緒に共有していける、非常に稀有な作品だと思います。

――同感です。原作の田中靖規先生とは、どんなお話をしましたか?
渡辺   先生はすごくジェントルな方でね。印象的だったのは「単行本1冊が1話、そのくらいの勢いで描いています」という言葉です。全13巻ですから、先生は13話ぐらいの勢いで走り抜けている。そのスピード感は、アニメでも意識して再現しなきゃいけないと思いました。作家さんが持っている時間の感覚を端的に伺えたのは、すごく大きかったです。

――なるほど。ゲームがお好きな先生だからこそ、マンガを映像的にとらえているのかもしれませんね。
渡辺   はい。おそらく先生は、ゲームをプレイするような感覚で作品を描かれているんでしょうね。プレイヤーの選択によって先の展開が変わってくるというストーリーはもちろん、その選択の間のようなものが、すごく巧みに描かれている。説明が必要な部分と、説明しすぎない部分のバランスなども、原作に教えられることが多かったです。

「夏」の肌触りを求めて

――作品冒頭の謎めいた雰囲気も、見事に再現されていました。演出の際に意識したことはありますか?
渡辺   夏のイメージですね。夏の気圧の高さ、むせかえるような空気感。ストーリーと直接は関係ないんだけれど、「夏に起きたこと」という肌触りは大事にしたかったんです。音も含めた夏の印象――日射しの強さや落ちる影の濃さ、木々の間からちらっと見えた、はっと息を飲むような海の青さみたいなものは、ぜひとも描きたかった。原作もまた、異様なほどの質感があるんですよね。アニメで「その情報量が落ちた」と思われるのはちょっと悔しいですから。舞台が離島であることも重要だと思ったので、島の遠景なども、短いショットでなるべく挟むようにしました。

――実際、モデルとなった和歌山県友ヶ島へロケハンに行ったそうですね。
渡辺   場所が具体的であることは重要ですからね。ロケハンをするのはもちろん舞台設定のためだし、現地の空気感を知りたいっていうのもあるんですけど、なにより作家が物語の着想を得るまでの足取りを追うという意味があるんです。しかし、まさかそのロケハンに田中先生も一緒に行ってくださるとは! 「ここ、潮が隠れていた場所ですよ」なんて言われたらもう、仕事を忘れちゃいますよね(笑)。

――まさに聖地巡礼ですね!
渡辺   はい。キャラクターがどういう道筋でその場所にいたかも、立体的に感じ取ることができました。僕なんか東京から現地に向かっている時点で、潮の訃報を受けて急遽故郷に帰る慎平の動線と同じだとワクワクしてしまいました(笑)。島の入江の形状、木々の樹形、その木々に埋もれるようなレンガの遺構、そのコントラスト……すべて素晴らしかった。海の向こうには、淡路島も見えました。キャラクターたちがその瞳の向こう側に何を映しているかがわかった気がする、非常に贅沢な時間でした。実際に物語には描かれていないものも目にして、その世界を描き切るための覚悟みたいなものが自分の中で生まれていったんです。これはもう絶対に作者を、そして読者も裏切れないと思いました。

音楽が作る空気感

――前半のエンディングテーマ『回夏』の映像は監督自らが撮影したと聞きましたが、その旅の記録なのでしょうか?
渡辺   じつは、撮影のためだけに再度島を訪れました。旅でいちばん印象深かったのは何だろうと、帰りの道中で考えた結果、ああ、やはり島そのものだなと感じたんです。島の遠景には、いろいろなキャラクターの思いが乗せられるに違いないと。エンディングの映像は、かつてそこを離れたひづるの目線であり、本土の高校まで毎日フェリーで通っているはずの潮や澪の目線でもあります。慎平にも当然、島を離れたときの想い、そこに帰るときの想いがある。彼らは否が応でも、自分のいる場所を遠くから見つめるわけです。おそらく島民というアイデンティティにとって、島は避けては通れないビジュアル。それを関係者に伝えて、撮影のためだけに友ヶ島汽船さんをチャーターしました。海が少し荒れていたのですが、根津(銀次郎)さんみたいな頼もしい船長さんが行けると言ってくれてね(笑)。結局、ロケーションに教えられたんですよ。その場所に実際に行って体感しないと、おそらく導き出せなかった映像だと思います。

――音楽そのものも、夏の空気感をしっかり受け止めています。そして監督はそれを意識的にアニメ本編に取り入れていますよね。慎平が潮の影と出会う第3話の特殊エンディングも、第4話の冒頭「慎平が好き!」で唸り出したオープニングイントロも忘れられません。
渡辺   ありがとうございます。おっしゃる通り、cadodeさんのエンディング『回夏』はまさにそこに使うために発注させてもらったのです。オープニング『星が泳ぐ』のマカロニえんぴつさんたちも、やっぱり原作のシズル感をよく理解されている。すごく素敵なバンドサウンドで、余力があれば、もう16小節くらい長いイントロもお願いしたいぐらいでした。endmark

渡辺歩
わたなべあゆむ 東京都出身。演出家、アニメーター。アニメーターとして『ドラえもん』に長く携わったのち、演出も手がけるようになる。主な監督作に『宇宙兄弟』『MAJOR 2nd』『海獣の子供』『漁港の肉子ちゃん』など。
作品情報

TVアニメ『サマータイムレンダ』
好評配信中

  • ©田中靖規/集英社・サマータイムレンダ製作委員会