Febri TALK 2022.07.29 │ 12:00

渡辺歩 演出家/アニメーター

③大事なことはすべて
『ドラえもん』から教わった

インタビュー連載の第3回でピックアップするのは、自身がアニメーターとしてデビューを果たした作品でもある国民的人気アニメ。初監督作でもある劇場中編『帰ってきたドラえもん』をめぐるエピソードなど、その思いを存分に語ってもらった。

取材・文/宮 昌太朗

めぐり合わなければ、アニメ業界から飛び出していたかもしれない

――3本目は渡辺さん自身、アニメーター・演出家として長い間、関わっていた『ドラえもん』です。そもそもどんな経緯でアニメーターを目指したのでしょうか?
渡辺 もともとは美術大学を目指していたんですが、大学進学が頓挫したときに「絵でご飯が食べられたら」という安易な気持ちで専門学校に入ったのがきっかけです。だからアニメーターとして志が高かったわけではないんですが(笑)、入社したスタジオメイツで子供の頃に見ていた『ドラえもん』と再会するんです。

――アニメーターとしての最初の仕事が『ドラえもん』だったんですね。
渡辺 そうなんです。3ヵ月ほど動画の線を引く訓練を受けてから現場に入って、動画デビューは劇場公開された『ドラえもん のび太と竜の騎士』でした。ただ、じつを言えば、藤子(・F・不二雄)先生が描かれたマンガへのリスペクトが強くあって、仕事として関わりたくないな、という気持ちもあったんです(笑)。そこから月に1本くらいのペースで、スタジオメイツが受けていた『ドラえもん』の動画をやっていましたね。

――そこから『ドラえもん』の原画を担当するようになり、さらにはシンエイ動画に入社しますよね。
渡辺 スタジオメイツが小さな会社だったこともあって、行き詰まり感みたいなものがあったんですよね。ステップアップするためには環境を変える必要がある。でも、その一方で『ドラえもん』を極めたいという気持ちもあったんです。そうしたら運がいいことに、シンエイ動画の演出の方やキャラクターデザインや作画監督をされていた中村英一さんたちと話をする機会が増えていたので、売り込ませていただいたんです。

――自分から飛び込んで行ったんですね。
渡辺 採用試験に合格したのは中村さんの推薦が大きかったと、あとから聞きました。当時の社長だった楠部三吉郎(くすべさんきちろう)さんも「中村くんがいいと言うなら」と。ありがたいことですよね。シンエイ動画に移ってからは、アニメーターの大塚正美さんや堤規至(つつみのりゆき)さんとお会いして、すごく刺激を受けました。移籍した当時は、さっきも言ったように、自分なりに『ドラえもん』を極めたいという気持ちが強くて、自分が描いた原画に作画監督の修正が入るのが悔しかったんです。ただ、シンエイ動画にはカット内容にこだわって描かれる先輩がたくさんいて、すぐに自分がキャラクター造形にこだわりすぎていたことに気づきました。むしろ、コンテから離れても構わないから、絵を動かすことで芝居を表現するべきなんだ、と。だから『ドラえもん』はもちろん好きでしたけど、それ以上に「アニメーターという仕事を追求したい」という気持ちに変わっていったんです。

――その後、渡辺さんはコンテ・演出を経て、劇場中編『帰ってきたドラえもん』で初めて監督に就きます。原作でも屈指の名エピソードですが、プレッシャーは大きかったでしょうか?
渡辺 不思議とプレッシャーはなかったんですよ。能天気でしたね(笑)。どちらかと言えば、自分の『ドラえもん』に対する愛情や考えていることをぶつけるチャンスだと思っていました。当時、シンエイ動画にいた原恵一さんにいろいろ相談していたんですが、「もっと焦ったほうがいい」と言われたんです。僕は30歳前後で演出を始めたので、ずいぶん出遅れている。なので、自分が今持っているものは全部出そうと。作品をひとりで背負うことの怖さよりも「やってやるぞ」感のほうが強かったです。

未来は約束されているけど

ほのかに感じられる希望と

前向きな姿勢がずっと

テーマとして流れている

――結果的に、今でも評価の高い作品になりましたよね。
渡辺 どうなんでしょう。尺に入りきらないくらい描いてしまいましたし……。ただ、振り返ると、あの当時だからこそできたことなのかな、とは思います。当時の僕は、作品を成立させる責任みたいなことに気づいていなかったんですが、この『帰ってきたドラえもん』から『ぼくの生まれた日』までの5本の連作は、僕の仕事に対する意識の中で抜けていた部分を気づかせてくれました。

――抜けていた部分、ですか?
渡辺 力いっぱい作った結果、『帰ってきたドラえもん』は作品としてはいびつなものになってしまって、まわりには頭を抱える人もいたんです。その後、劇場公開が始まったとき、僕も渋谷の映画館に見に行ったんですね。するとそこでは楽しみに開場を待っている子供たちが列を作っていて、一緒に並びながら、はたと気づくんです。それまではわりと「自分がよければいい」という感じで作っていたけれども、これだけの人たちが楽しみにしている。彼らを喜ばせないといけないし、初めての人にもわかりやすいものを作らなければ、と。それはTVシリーズではなかなか得られない、映画だからこそ得られた感覚だったと思います。

――お客さんの姿を間近で見るというのは、大きい体験ですね。
渡辺 あと当時、劇場長編は「季節が来れば、自動的に作られるものだ」と思っていたんですけど(笑)、それってじつはすごく贅沢なことですよね。会社には怒られっぱなしでしたけど、それでも好き放題やらせていただけました。『ドラえもん』というある種、終わらないタイトルに、自分の成長を待ってもらえたというのはすごく大きいと思います。『ドラえもん』に育ててもらえたんだなあ、と。もし、めぐり合うことができなければ、4~5年でアニメ業界から飛び出していたかもしれないし、そもそも関わってすらいなかった可能性もある。大事なものはすべて『ドラえもん』に教わったんだなと思います。

――そんな渡辺さんから見て、『ドラえもん』の魅力はどこにあると思いますか?
渡辺 ドラえもんは、常に未来への明るい可能性を感じさせてくれる存在だと思うんです。一方、のび太はそれでも自分のダメさ加減がわかっていて、努力したい、よくなりたいとずっと思い続けている。約束はされているけれども、ほのかに感じられる希望と前向きな姿勢が『ドラえもん』の底にずっと流れているテーマなんじゃないかと思います。あと藤子先生は生前、「この先、ペンペン草も生えないくらい『ドラえもん』を描き尽くしたい」とおっしゃっていたんですけど、僕にはまだ「ペンペン草」が生えているような気がしているんですね。そこを開拓するのは、僕じゃなくて、もっと若い人でもいい。これからの若手にとって、いろいろなことを試すことができる――そういうところが『ドラえもん』にはある気がしますし、そこがこの作品の最大の魅力だと思います。endmark

KATARIBE Profile

渡辺歩

渡辺歩

演出家/アニメーター

わたなべあゆむ 東京都出身。演出家、アニメーター。アニメーターとして『ドラえもん』に長く携わった後、演出も手がけるようになる。主な監督作に『宇宙兄弟』『MAJOR 2nd』『サマータイムレンダ』『海獣の子供』『漁港の肉子ちゃん』など。

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