TOPICS 2026.06.16 │ 17:00

『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』スタッフリレーインタビュー⑩
塀(原作)インタビュー

第10話では原作者・塀によるアニメオリジナルのストーリーが描かれた『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』。リレーインタビューの第10回は、その塀に原作が誕生するまでの経緯やアニメ化に際して込めた思い、そして第10話のオリジナルエピソードの裏側を訊ねた。

取材・文/太田祥暉(oriminart)

お酒がある場の「マジック」を主題にしたかった

――塀先生は、アニメーションプロデューサーの村上光さんや、プロップデザイン・メインアニメーターの松尾祐輔さんと以前から親交があったそうですね。
 商業連載と並行してアニメやゲームの二次創作活動に取り組むなかで、徐々にクリエイター同士の交流の輪が広がり、村上さんをはじめとするアニメ業界の方々とも出会えました。たしか、松尾さんは村上さんのご紹介でお会いしたと記憶しています。今から10年近く前の話ですが、松尾さん以外にも、嶋田(和晃)さん、今岡(律之)さん、古橋(聡)さんら、同世代の方々を中心に知己を得ました。

――その出会いが『ヤマノススメ サードシーズン』『ヤマノススメ Next Summit』に参加するきっかけになったのですね。2019年からは『上伊那ぼたん』の連載が開始しましたが、どのようにして作品の方向性は決まったのでしょうか?
 ぼくは『上伊那ぼたん』連載以前にも『たらちねパラドクス』など、女性だけが物語主体となるマンガ作品を描いていました。それに固執したわけではないのですが、結果的に『上伊那ぼたん』もその延長として、女性同士の関係性の変化や感情の動きを作品における縦軸の主題に据えました。他方で、横軸となる主題には「飲酒」を選んだのですが、その理由は単純にぼくが酒席での気安い歓談が好きだからです。お酒はぼくにとって身近なもので、それが作用するポジティブな力や、生み出してくれる楽しさをマンガで表現したいと考えました。

――身近なものとしてのお酒ですか。
 とはいえ、毎日晩酌をしたり、飲み歩いていたわけではないです(笑)。ぼくは長く兼業作家をしていたこともあり、あまり自由な時間が確保できず、「遊び」や「息抜き」といえば、たまに友人たちとひっそり飲む程度でした。なので、ひとつひとつの飲み会がとても楽しみだったし、実際に楽しかった。思いもよらない方と酒席で偶然出会えたり、その後の仕事につながる関係が生まれたりもしたんです。お酒がある場には、そういう意味でマジックが働いているとぼくは思っていて、『上伊那ぼたん』ではこれを主題化したいと思いました。

――その場合、各話で特定のお店に行き、ひとつのお酒を掘り下げていく、というグルメマンガの文脈として構成もできますが……。
 ご承知のとおり、原作では基本的にその構成を採っていません。実際、特定の「物語の型」を反復して作品の強度を高める方針も検討しましたが、結局『上伊那ぼたん』では作劇上の自由度を確保できるようにしました。また、ぼくが中心的に描きたかったのは「お酒がある生活」そのものだったんです。ゆえに、生活を描くための拠点として学生寮を舞台にしました。

――寮の場所を秩父としたのはなぜでしょうか?
 現実に存在する地域を舞台とすることは、構想初期から決めていました。そして、取材の都合から首都圏近郊であり、自然豊かな場所が望ましかった。というのも、自然の中でお酒を飲むシチュエーションが描きたかったからです。その条件で考えたとき、日本酒、ワイン、ビールなど多様な酒類の生産地である秩父の環境は非常に魅力的でした。

『上伊那ぼたん』は出来事の一部を切り取った「隣席の会話」

――キャラクターに目を向けると、初期案には「篠山ぼたん」「米原いぶき」と苗字こそ異なるものの、メインの登場人物ふたりの姿が確認できます。
 ぼたんといぶきが物語を推進する中心的存在になることは、初期段階で決定していました。ぼたんといぶきが秘密の共有をする、という設定も早期に決めていたのですが、彼女ら以外の登場人物については、連載が始まってから少しずつ内面や設定を作っていきました。

ぼたんといぶきの原作初期案。苗字こそ違うものの、おおよその印象はこの時点で完成している。

――連載が始まってから、徐々に余韻や間を重視した空気感を持つ作品となっていったように感じました。
 連載が進むにつれて、読者の方々が『上伊那ぼたん』をどう楽しまれているのか、少しずつわかってきたからこその変化だと考えています。また、本作がぼくにとって初のストーリーマンガ連載だったこともあり、単純に技術的な問題も関わっています。長期連載を経て、少しずつですが、自分なりの演出やお話づくりを培ってきたのだと思います。

――その結果、単行本が8巻以上も続く人気作となりました。そんな『上伊那ぼたん』を描く上で、とくに心がけているポイントはありますか?
 あるお話を考えるとき、その始まりから終わりをすべて描くのではなく、一部だけを切り取るようにしています。たとえば、エピソードとしては日帰り温泉へ行く話なのに、温泉から帰っているところからマンガが始まる、みたいな具合です。

――そのような仕掛けにしたのは、どういう理由からですか?
 理由はふたつあります。ひとつはリソースマネジメント上の都合です。そもそもぼくは作業の手が遅いのですが、さらに兼業作家だったこともあり、毎月あまりページ数が描けなかったんです。もうひとつは、他人の人生の一部を事故的に「盗み見てしまうこと」、換言すれば窃視的な接触をマンガで表現したかった。たとえば、飲食店で食事をしていると、その気がなくても隣の席のお客さんの会話が断片的に聞こえてしまうことがありますよね。それは真剣な声色だったり、ちょっと落ち込んだトーンだったりする。すると、会話の文脈がわからなくても、そこに立ち現れる感情は多少なりともうかがえる。『上伊那ぼたん』は、「飲食店における隣席の会話」的なんです。そこには作者と読者との間で、共犯的に形成される窃視的な欲望がある。物語とはそもそもそういうものだと思っていますが、本作ではそれを反復して展開しています。

原作読者の方々が応援してくださるアニメにしてほしい

――そんな中で『上伊那ぼたん』のアニメ化の話が持ち上がったと思うのですが、関係者と知り合いだったということは、かなり以前からアニメ化のお話があったのではないでしょうか?
 そうですね。連載開始からしばらく経って、 酒席で村上さんからアニメ化への意欲をうかがいました。その後も、村上さんから徐々に具体化したイメージをお話いただけたので、「本気なのだな」と思い、(版元の)秋田書店さんにおつなぎしました。

――企画が動き始めてから、原作者としてオーダーしたことはあったのでしょうか?
 監修物のチェックバックはたくさん行いましたが、原作者からゼロベースのオーダーは極力控えました。ただ一点、「原作読者の方々が応援してくださるような内容にしてほしい」とは企画段階でお願いしています。そもそもアニメ化を実現できたのは、ずっと応援してくれた読者の方々のおかげですし、アニメの評判がスケールするためには、まずは彼らの満足や応援がとても大切だと感じているからです。一方で、マンガと異なり、アニメには独自の文法や技術、生産体制がありますから、アニメならではの目標や挑戦にぜひとも取り組んでほしいと、佐久間(貴史)監督たちにお話しました。

――その挑戦のひとつが、総作画監督を立てず、クリエイターの個性が各話で炸裂するという作り方だったのですね。
 ぼくは昔のTVアニメやOVAに多少親しんでいたので、それらと共通する作風として佐久間監督からその方針をうかがった際、とても自然に受け取りました。各話数のスタッフが裁量と責任をもって取り組まれ、各自が培ってきた能力や個性を十全に発揮したフィルムが楽しめるという期待感がありましたね。

――放送されたばかりの第10話では、塀先生原案のオリジナルストーリーが描かれました。どういった経緯でオリジナルストーリーが制作されることになったのでしょうか?
 シリーズ構成を担当された米内山さんが、全12話に原作のエピソードを割り振ってくださった際、第10話の尺に少し余裕が生まれたんです。そこで、やえかとあかねの物語を新たに書き起こして挿入させていただけないか、とぼくからスタッフへ提案しました。

――楽器店のショールームに併設されたカフェへ行く、というのは、どこからの着想だったのでしょうか?
 もともと、ヤマハミュージックのショールームでお酒が提供されていることは認識していました。なので、いつか取材したいと思っていたところに第10話のオリジナルストーリーの件が持ち上がり、舞台として描かせていただきました。マンガでは実際に楽器の音を鳴らすことはできませんから、アニメーションという媒体と非常に相性が良い舞台だと思っています。

――そしてフジファブリックの「茜色の夕日」が挿入歌・EDで流れましたね。
 「茜色の夕日」はフジファブリックのファンの方々がとても大事にされている、特別な楽曲です。軽々しい気持ちで取り扱える楽曲ではありません。それを承知の上でお預かりさせていただいたのは、ミュージシャンとして頑張ろうとしているあかね、そしてそれを応援するやえかのような人々の背中を「茜色の夕日」は力強く押し、そして静かに優しく励ましてくれると、ぼくが思っているからです。

第11話、第12話は原作者としても思い入れのあるエピソード

――他にアニメ化に際して行われた施策の中で、原作者として印象的なものはありましたか?
 本当にたくさんの宣伝施策やタイアップを企画・実現してくださり、スタッフやキャスト、関係各所の方々に深く感謝しています。また、音楽周りの展開にもつねに驚かされています。「茜色の夕日」をお預かりできたことはもちろん、yonigeさんによる深い原作解釈を伴われた素敵なOP主題歌と劇中曲、キャストの皆さんで歌唱いただいたED主題歌や素敵な劇伴の数々……。とても恵まれた作品だと思っています。

――残る第11話、第12話も楽しみです。
 物語全体を貫く緊張感がどんどん高まっていくと思います。ぼたんやいぶきたちはいったいどこへたどり着くのか、ぜひご期待ください。

――アニメで『上伊那ぼたん』を知り、これから原作マンガに触れる方も多いと思います。そんな方に向けて、注目してほしいポイントを教えてください。
 現在、原作では登場人物たちが進級し、ぼたんは2年生になっています。寮には新たな寮生が加わっており、彼女らは下戸や未成年です。ゆえに、お酒が飲めない方、得意でない方にも共感いただけるような展開も描いていけるのではないかと思っています。いぶきと因縁のある養老先輩も登場し、人間関係、そして各自の感情がいっそう錯綜していきます。マンガにはマンガならではの表現や文法がありますので、アニメから関心を持ってくださった方にもお楽しみいただければ幸いです。endmark

へい マンガ家。2013年に『たらちねパラドクス』(一迅社)で連載デビュー。兼業漫画家として活動を続け、2019年よりマンガクロス(現:チャンピオンクロス)にて『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』を連載開始。2024年より専業化。
作品情報


『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』
毎週金曜24:00~ TOKYO MX他にて好評放送中!

  • ©塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会