Febri TALK 2021.08.04 │ 12:00

荒木哲郎 演出家

②20歳の自分を“ケア”した
『新世紀エヴァンゲリオン』

TVアニメ『進撃の巨人』や『甲鉄城のカバネリ』などで知られるアニメ監督・荒木哲郎。インタビューの第2回は、20歳の頃にリアルタイムで見て、大きな衝撃を受けたという『新世紀エヴァンゲリオン』について。

取材・文/森 樹

何をしてくるのかわからない本気の怖さが魅力

――「人生を変えた作品」2本目は、庵野秀明監督の『新世紀エヴァンゲリオン(以下、エヴァンゲリオン)』(1995)です。
荒木 自分がハマったのは、20歳になったばかりの頃でした。テレビ放送をリアルタイムで見ていたのですが、そのとき、太宰治を愛読していたことをおぼえています。関係あるような、ないような感じですが。

――荒木さんの当時の趣向からしても『エヴァンゲリオン』はピッタリだったわけですね。
荒木 自分の内面を見つめて掘り下げていくことに意味を感じていた時期ですね。付け加えるなら、当時の“空気”もあったかもしれないです。

――『エヴァンゲリオン』のTVシリーズが放送された95年は、阪神大震災や地下鉄サリン事件があった年です。世紀末も迫っていて、皆がなんとなく不安を抱えていたように思います。
荒木 そうなんです。不安な社会にいたからこそ、他人よりも、世界よりも、まず僕が傷つかないことをもっとも大事にするという価値観があったように思います。個人的な言いまわしだと、自分のメランコリーを大事にする態度ですね。ただ、子供を育てている今の僕からすると、もはやあり得ないんですよ(笑)。子育てにおいては、まず自分の憂鬱や不満は完全に横に置く必要があるので、自分を大事にするなんていちばん最後ですね(笑)。当時は若いからこそ、自分のケアが最優先で、その気分にピッタリとハマったのが『エヴァンゲリオン』でした。

――『エヴァンゲリオン』のどの部分に影響を受けたのでしょうか?
荒木 そう言われてみると、『エヴァンゲリオン』の良さをこうして話すのは、初めてかもしれません。なぜか『ガンダム』はしょっちゅう話しているのですが(笑)、作品としては同じくらい思い入れがあります。アニメの演出家という現在の視点から見ると、あらゆる面においてビジュアルの完成度が異様に高い作品、ということも重要です。ただ、学生時代に『エヴァンゲリオン』にハマったのは、先ほど言った、己の心の葛藤を極限まで掘り下げようというムードが大きかったですね。それがアニメのなかで文学的に提示されたことに驚きましたし、「これこそ俺たちのための作品だ」と興奮したのをおぼえています。

己の心の葛藤を

極限まで掘り下げる

それがアニメのなかで文学的に

提示されたことに驚きました

――自分や同世代に向けられた作品のように感じたわけですね。
荒木 あと、そういう話とは別に、あの作品だけが持つ独特の緊張感に気づいたときがありました。それはあんがい最近で、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』(2009)のときだったと思います。碇シンジがアスカやレイ、そしてゲンドウともいい感じになりそうなのに、3号機の登場とアスカがそのパイロットになったことで、とたんに暗雲が立ち込める。不幸なムードが漂い始めたとき、久しぶりにアニメを見て本気で怖かったんです。『破』においては、観客がTVシリーズを知っているからこそ、おぞましい悲劇が起こることを察知してしまうという絶妙な構造があるわけですが、何にせよ「この作り手は何をしてくるのかわからないんだった」と恐怖しました。そういう不安を『破』で久々に思い出して、それも『エヴァンゲリオン』の強烈な魅力なんだとあらためて認識しましたね。

――モラトリアム的な意識を解消してくれるものではなく、不安な状況を増幅するような怖い作品だったと。
荒木 本気でこちらの喉元にナイフを突きつけてくる作品ですよね。アニメやテレビで放送されている映像は、基本的にリラックスや娯楽のためじゃないですか。『エヴァンゲリオン』はそれよりも、こちらを安住させない恐怖やスリルが先に立つし、それがフィルムのエンターテインメント性を大幅に高めている。もちろん、そこに注ぎ込まれている技術が非常に高いものであることが前提としてありますが。

――第1回のインタビューで、オリジナル作品を作る上で大切なことは「人間ドラマ」と「途方もないスケールの事象」とおっしゃっていましたが、『エヴァンゲリオン』もその両輪があります。
荒木 そのくくりで言うならば、『ガンダム』シリーズとも共通しますね。『エヴァンゲリオン』はリアルタイムで見ていたのですが、オンエアが第2話まで進んだとき、「この作品は次の『ガンダム』になる」という予言を「今言っとかないと!」と思って周囲に熱く伝えていて(笑)。それくらい序盤から凶暴さと繊細さを兼ね備えた、化け物的な力を秘めていたのを感じていました。

――富野作品で言えば『伝説巨神イデオン』や『無敵超人ザンボット3』に近いものがあるかもしれません。
荒木 そう言われてみると、たしかに似た部分があるかと思います。だから、今回の『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』も、勝手にヒヤヒヤしていますね。また怖いものを見せられるんじゃないかと(※編注 取材は公開前に行いました)。……そう考えると、心にトラウマ級のショックを与えてくれる人や作品をどこかで待ちわびていて、それがクリエイターとしてのモチベーションになっているのかもしれません。endmark

KATARIBE Profile

荒木哲郎

荒木哲郎

演出家

あらきてつろう 1976年11月5日生まれ。埼玉県出身。監督作に『DEATH NOTE』『学園黙示録HIGH SCHOOL OF THE DEAD』『ギルティクラウン』『進撃の巨人 Season1』『甲鉄城のカバネリ』など。『進撃の巨人 Season2』『進撃の巨人 Season3』では総監督を務めている。

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