Febri TALK 2022.07.06 │ 12:00

菱田正和 アニメーション監督/演出家

②職業監督としての自分を確立した
『プリティー』シリーズ

サンライズ時代には数多くの男児向け作品やSF作品に参加し、フリー転向後は女児向けの長期シリーズや女性ターゲットの作品を手がけるなど、ジャンルにとらわれずに最前線で活躍を続ける菱田正和。そのルーツをたどるインタビュー連載第2回は、職業監督としての立場とスキルと身につけたアニメ『プリティー』シリーズについて。

取材・文/岡本大介

「どんなものでも作れる」と思えるようになった

――『プリティーリズム・オーロラドリーム』に始まる『プリティー』シリーズは菱田さんが長く携わってきたシリーズで、自身の2010年代を象徴する作品と言えますね。
菱田 そうですね。2008年に『ヤッターマン』で初めてタツノコプロさんと仕事をさせてもらい、その流れでオファーをいただきました。それまでロボット作品や男児向け作品ばかりをやっていたので、最初は「なぜ僕に?」と驚きました。

――女児向け作品のノウハウはなかったのですか?
菱田 いっさいなかったです。とはいえ、男玩(男児向け玩具)ものの経験は豊富でしたし、ちょうど娘が『プリキュア』を見ていた年頃だったこともあって、わりとすんなりと入れました。脚本陣は赤尾でこさんはじめ女玩(女児向け玩具)ものに精通している方ばかりでしたし、あの『美少女戦士セーラームーン』でさえ、佐藤順一さんをはじめ僕よりも年上の男性の方々が作っていましたから、それなら僕でもいけるだろうと。

――男玩と女玩の違いはもちろんですが、バンダイ系列のサンライズとタカラトミー系列のタツノコプロというのは、企業文化の面でも違いが大きそうですね。
菱田 それはすごく感じました。バンダイさんの玩具ものは最初に大きなエネルギーをかけて一気に勝負を仕掛けて、それでダメならサッと引き上げるスタイルなんですけど、タカラトミーさんはリスクを抑えながら3年は続けようというやり方なんです。制作会社の違いとしては、大規模工場のサンライズに対して、家内制手工業のタツノコプロという印象でした。

――いわゆるメディアミックス作品ですから、アニメ制作もかなり制約が厳しいイメージがありますが、そこは苦ではなかったんですか?
菱田 もともと男玩もので慣れていたというのもありますが、個人的には制約があったほうがやりやすいくらいなんです。むしろ「なんでも好きにやれ」と言われるほうが困ってしまって、つい「何か売りたいものはありませんか?」と聞いちゃいますね(笑)。

――気質的に職業監督に向いているんですね。
菱田 その通りで、僕はアーティストというよりは職業監督ですね。そこまで多くのアニメを見て育ってきたわけではないですし、「こんな作品が作りたい」という野望を胸にアニメ業界に入ったわけでもないので、そこへのこだわりはとくにないんです。

――『プリティー』シリーズでは、そういう気質がプラスに働いたんですね。
菱田 だと思います。おかげで、それまでは「男児向けアニメを作る人」というイメージだったのが、「女児向けをアニメを作る人」に代わり、さらには『KING OF PRISM(以下、キンプリ)』を手がけたことで「イケメンが歌って踊るアニメが得意な人」になりましたから(笑)。

――職業監督としてのポジションを確立したシリーズなんですね。
菱田 『プリティー』シリーズをやらせてもらったことで、僕自身も「どんなものでも作れる」と思えるようになりましたし、実際にそのためのノウハウやスキルが身についたような気がします。

主人公たちがライバルに負けて

泣きながらも前を向く

女児向け作品らしからぬ展開は

先々のためにも欠かせなかった

――印象深いエピソードやシーンはありますか?
菱田 たくさんありますが、ひとつ挙げるとするなら第1作目『プリティーリズム・オーロラドリーム』の第21話(「嵐のサマークイーンカップ」)ですね。あいら&りずむの主人公ペアがイケイケムードで大会を勝ち進んでいくんですが、決勝でライバルペア(せれのん)に完膚なきまでに負けて、そのあとにみおんも加えた主人公の3人娘が泣きながらも前を向くという女児向けアニメらしからぬ展開は、以前からずっとやりたかったことなんです。でも、作品の性質上、構成面での制約もあって、それまではやれなかったんですね。

――21話目にしてようやくやりたかったことができたんですね。
菱田 まさしく初めて自分のエゴを出せたエピソードで、個人的にも手応えがありましたし、ファンからの反応もそこそこよくてうれしかったです。コテンパンに負けた主人公がまた立ち上がる、という展開はこのシリーズを先々まで作っていくうえでは欠かせないテイストだと思っていましたし、実際にそれから脈々と受け継がれていきました。

――スピンオフ作品の『キンプリ』にも似たテイストがありますよね。
菱田 そうですね。もともと『キンプリ』は「(シリーズ3作目の)『レインボーライブ』に登場した男の子3人で何か作りたいね」という、飲みの席での雑談から生まれた作品なんですよ。その時点ではただの夢物語だったんですけど、たまたま巡り合わせがよくて、現実に作れることになったんです。しかもほぼ制約がなかったので、それまで抑圧されていたものの反動もあって好き勝手にやらせてもらいました。『プリティー』シリーズはコーデが命ですから、とにかく「服を着せろ」とずっと言われていて。当たり前のことなんですけど(笑)。なので『キンプリ』のキービジュアルが全裸なのも、しんちゃん(一条シン)がいきなり全裸になるのも、とにかく事あるごとにみんなが裸になるのも、すべてはその反動から生まれた演出なんです(笑)。「応援上映」の盛り上がりも含めて、とてもいい思い出です。endmark

KATARIBE Profile

菱田正和

菱田正和

アニメーション監督/演出家

ひしだまさかず 1972年生まれ。宮城県出身。大学卒業後、サンライズに入社。『超魔神英雄伝ワタル』で制作進行を務めたあと、『ラブひな』で演出家としてデビューし、現在はフリーとして活躍中。主な監督作品は『陰陽大戦記』『ヤッターマン』『あんさんぶるスターズ!』『Fairy蘭丸~あなたの心お助けします~』など。

あわせて読みたい