Febri TALK 2022.07.08 │ 12:00

菱田正和 アニメーション監督/演出家

③「絶対にやらなければならない仕事」
だった『半妖の夜叉姫』

サンライズ時代には数多くの男児向け作品やSF作品に参加し、フリー転向後は女児向けの長期シリーズや女性ターゲットの作品を手がけるなど、ジャンルにとらわれずに最前線で活躍を続ける菱田正和。そのルーツをたどるインタビュー連載の最後のアニメ作品は、まるで運命に導かれるように巡ってきた『半妖の夜叉姫』。

取材・文/岡本大介

アニメを教えてくれた人たちに成長した姿を見せたかった

――『半妖の夜叉姫(以下、夜叉姫)』は、菱田さんにとって10年ぶりのサンライズ作品となりました。
菱田 この仕事をしていると、何年かに一度は「絶対にやらなければならない仕事」というのが来るんですが、これはその最たるものです。僕は(第25話以降の)『弐の章』からの参加で、もともと監督をする予定はなかったんですけど、ある日突然「監督を頼めないか」と連絡が来たんです。ちょうど進めていた作品がコロナ禍の影響で制作中止になってしまったタイミングだったこともあり、運命というか、これは巡り合わせだなと思いました。

――20年以上前に『犬夜叉』で演出を手がけていた菱田さんが、その続編の『夜叉姫』で監督として古巣に戻って来るというのは、たしかに運命めいたものを感じますね。
菱田 そうですよね。そしてそれがサンライズという会社としての最後の作品になったわけですから、新入社員としてサンライズに入った僕からすれば、まさに奇跡のような展開ですね。

――菱田さんが入った『弐の章』では、若手の起用も増えたと聞きました。
菱田 ベテランの安定したパフォーマンスも大事ですが、仕事に対する熱意や向上心を借りることで作品全体がより面白くなることは意外と多いんです。それは(『犬夜叉』を制作した)サンライズ第1スタジオの伝統であり文化のはずなんですけど、それが少し薄れているなと感じたんです。なので、最初に「とにかく若手を集めてほしい」とお願いしました。

――自身がかつてその場所にいたからこそ感じたことですね。
菱田 そうかもしれません。それにチャンスが欲しい若手に少しでも多くの打席を回してあげたくて。実際に途中からはどんどん若手が入ってきて、新しい風が作品を力強く前へ進めてくれたなと思います。

――途中参加という難しさはありましたか?
菱田 もちろん、ゼロではないですが、菱沼義仁さん(アニメーションキャラクターデザイン・総作画監督)や隅沢克之さん(脚本)、和田薫さん(音楽)など多くのメインスタッフは『犬夜叉』でご一緒した方々ですし、なんなら僕にアニメの仕事を教えてくれた人たちなんですよね。なので、そこはとてもやりやすかったですし、少しでも成長したところを見てもらいたいと思って気合が入りました。

親子と3人の女の子たちのお話が

自分がこれまでの作品で

描いてきたことすべてと

つながっているような気がした

――『夜叉姫』という作品は、菱田さんの目にはどう映りましたか?
菱田 『犬夜叉』が男女の恋愛をメインに描いていたのに対して、『夜叉姫』は親子と女の子たちの話じゃないですか。振り返ってみると、これまで僕が監督してきた作品の多くは親子と女の子を描いているんですよ。『プリティー』シリーズも最初は女の子3人のお話でしたし、とわたちと関係性や構図がとても似ているんです。僕がこれまでの作品で描いてきたことがすべて『夜叉姫』につながっているような気がして、次第に「僕がやらずに誰がやるんだ!」思うようになりました。まあ、いいところを見せようとしてちょっと空回った感じも否めないですけど(笑)。

――最後の最後までドキドキハラハラしました。とくに最終話は『犬夜叉』らしく、ほっこりしましたね。
菱田 そう言ってもらえると報われます。最終話は高橋留美子先生の要望や意見をかなりの部分に反映していて、それが『犬夜叉』らしく感じる理由だと思いますね。最後の殺生丸ととわたちの距離感などは、高橋先生しかわからない部分ですから。

――死んだと思っていた理玖(りく)が生きていたのもすごく「らしい」んですよね。
菱田 それも高橋先生のリクエストですね。僕なんかは死んだままでもいいんじゃないかと思っていたんですが、先生が「可哀想だから」と(笑)。

――とくに印象深いシーンはどこですか?
菱田 犬夜叉ともろはの再会シーンはやっぱり好きですね。あそこは菱沼さんにがっつりと修正をお願いして、頑張っていただきました。

――アクションの作画も素晴らしかったですよね。
菱田 そこはサンライズの底力ですよね。どんなスケジュールになったとしても「ここぞ」というカットはしっかりとスーパーアニメーターさんを用意してくれるんです。僕の中では『犬夜叉』はアクション活劇だったので、爆発も含めて元気なアクションを作るのはこの作品の使命だと思って意識した部分なんですが、僕が心配するまでもなく「さすがはサンライズ」といった感じです。

――自身のキャリア的にも大切な作品になりましたね。
菱田 『ガンダム Gのレコンギスタ』もそうでしたが、定期的にやってくる「試練」のような作品だったのは間違いないです。『夜叉姫』を通じてひとつ大きくなれたのかどうかはわかりませんが、僕は大きくなれたと信じています。

――これからはどんな作品を手がけていきたいですか?
菱田 ジャンルや作風にこだわりはないんですが、見た人が元気になったりやる気が出るような作品を作っていきたいです。もちろん、これまでもそういう作品を作ってきた自負はありますが、その気持ちが僕の原点で、そのためにアニメ業界に入ってきたと思っていますから。年齢を重ねると、ついつい「アニメとはこうあるべき」なんて説教臭くなってしまうので、なるべくそうはならないように気をつけたいなと思っています。endmark

KATARIBE Profile

菱田正和

菱田正和

アニメーション監督/演出家

ひしだまさかず 1972年生まれ。宮城県出身。大学卒業後、サンライズに入社。『超魔神英雄伝ワタル』で制作進行を務めたあと、『ラブひな』で演出家としてデビューし、現在はフリーとして活躍中。主な監督作品は『陰陽大戦記』『ヤッターマン』『あんさんぶるスターズ!』『Fairy蘭丸~あなたの心お助けします~』など。