Febri TALK 2022.01.07 │ 12:00

神山健治 監督

③シンプルで強固な構造の面白さ
『機動警察パトレイバー the Movie』

監督・神山健治が「自分の中で柱になっている」という劇場用アニメについて語る連載インタビュー。第3回で取り上げるのは、神山にとって師匠ともいえる存在である押井守監督の代表作。神山はいったい、この作品のどんな部分に衝撃を受けたのか。たっぷりと話を聞いた。

取材・文/宮 昌太朗 撮影/村上庄吾

ストーリーの構造だけで映画は成立する

――そして3本目は『機動警察パトレイバー the Movie(以下、パトレイバー)』。3本制作された『パトレイバー』シリーズの劇場版第1作で、神山さんの師匠でもある押井守監督の作品ですね。
神山 じつは、これより前に押井さんが撮った代表作『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー(以下、ビューティフル・ドリーマー)』を挙げるべきかな、とも思ったんです。僕がアニメ映画で初めて「演出」というものが存在する作品に出会ったのは、間違いなく『ビューティフル・ドリーマー』なんですけど、でもこの映画は前段の『うる星やつら』のTVシリーズを見ていないと何もわからない(笑)。『ルパン三世 カリオストロの城』や『さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅』は、それだけ見ても感動できると思うんですよ。でも、『ビューティフル・ドリーマー』は、マンガを読んでTVシリーズを見ていないと、何のスポーツをやっているのかもわからない。ボールも使っていないし、走ってもいないし、そもそも競技者もいないんですけど……みたいな。

――あはは。たしかにそうですね。
神山 ただ、アニメーションが演出だけで――それこそ実写映画で言えば、有名な役者が誰も出ていない状態で「じつはミステリーだったんだ!」みたいな驚きを獲得している。これは本当にすごい作品なんですけど、でも、オタク以外の友達にどうすすめればいいんだ?っていう(笑)。なので、今回は3本に入れなかったんです。

――なるほど。
神山 その押井さんが久しぶりに撮った映画が『パトレイバー』だった。当時はもう業界に入っていて、最初のOVAシリーズでは美術のお手伝いもしているんですけど、とはいえ、押井さんにはまだ直接お会いしていない状態で……。ただ、試写を見たまわりのスタッフが「すごい、すごい」と話しているのは耳に入ってくるんですよ。なので、なるべく情報を入れないようにして、公開されてすぐに見に行ったんです。

――見ていかがでしたか?
神山 これも「まさに映画だな」と思った一本ですね。あの映画単体で完結しているし、しかも見終えたあとにちゃんとカタルシスもある。ただ、前に挙げた2本とはちょっと違っていて「理由はわからないけど面白い」というわけではなかったんです。ひと言で言うと「なるほど」と。ストーリーの構造だけで映画は成立するんだな、と思ったんですね。

――もう少し詳しく聞かせてください。
神山 推理小説に近いというか、いわゆる叙述トリック的な構造なんですよね。ストーリーの枝葉を削っていくと、最初にものすごい事件を引き起こそうとした犯人がいて、万が一、それが現実になったら東京が壊滅状態になるであろう状況を作る。そのうえで、彼はすでに死んでいる。なので、どういう意図があって事件を起こそうとしたのかは、謎のままなわけです。で、主人公たちはそれをあとから考察していく。少しあとにデヴィッド・フィンチャー監督の『セブン』が公開され(1995年)、あれも叙述トリック的な構えの映画でしたけど、同じようなことを『セブン』に先駆けて発明している。しかも、その構造さえ作ることができれば、誰でも映画が撮れる可能性がある。言い換えると、映画の教科書――というより、映画を撮る方法論となりうるものを提示していて。実際に、多くの映画制作者が、レイバー抜きの『パトレイバー』を作ろうと考えて挑戦していると思うんですよ。たとえば、黒沢清監督の『CURE』なんかも、たぶん構造だけを抜き出すと『パトレイバー』になる。ご本人が自覚的かどうかはわからないですけど。

――ああ、なるほど!
神山 しかも、どういう思考のもとに『パトレイバー』を撮ったのかをなんとなくたどることもできて、それがわかったうえでも面白さが揺らがない。『ビューティフル・ドリーマー』もそうでしたけど、『パトレイバー』も見終えた直後に「俺、どこから騙されていたんだろう」みたいな感じで、もう一度見たくなるんですよ。これは――さすがに真似はできないけど、でもアニメを作るうえでの方法論として自分でも使えるんじゃないか、と思ったんです。作り手になり始めていた自分にとって距離が近い映画だったし、そのぶん衝撃も大きかった。「こういう形の映画もあるんだ」、と。

――実際、監督になって以降、神山さん自身も何度か『パトレイバー』的なストーリー構成に挑戦していますよね。
神山 そうですね。わかりやすいところで言えば、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の第2話「暴走の証明」。戦車が暴走するエピソードなんですけど、あれはもう本当に『パトレイバー』の構造をそのまま使っています。というのも、押井さんの『攻殻機動隊』は『パトレイバー』というか「これこそが押井さんだ」と思うような匂いがまったく入っていない作品で、それが僕はすごく不満だったので。

――あはは。押井ファンとして。
神山 そうそう(笑)。そんなわけで、僕の初期の監督作品では、強力な武器のひとつとして使わせていただきました。構造がシンプルなだけに、TVシリーズでも使えるし、おそらく映画でも使える。ただ、映画で真似をすると、たぶん『パトレイバー』そのものになっちゃうんですよ。あまりにもシンプルで強固な構造だから、見ている人がすぐに「あっ、これは『パトレイバー』だな」と気づく(笑)。なので、TVシリーズのほうが使いやすいし、いわゆる捜査ものとはまったく違う方向性の題材に入れ込むと、面白いかなと思ったりしますね。endmark

KATARIBE Profile

神山健治

神山健治

監督

かみやまけんじ 1966年生まれ、埼玉県出身。美術スタッフを経て、『ミニパト』で初監督。そのあとに発表した『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』が大きな反響を呼ぶ。主な監督作に『東のエデン』『ひるね姫~知らないワタシの物語~』など。監督を手がけた『スター・ウォーズ:ビジョンズ』の一篇『九人目のジェダイ』がディズニープラスで配信中。また、脚本・監督を手がけた新作長編アニメ『永遠の831』がWOWOWにて2022年1月30日(日)20:00から放送・配信予定。

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