Febri TALK 2021.09.13 │ 12:00

大塚隆史 アニメ監督

①アニメの仕事を意識した
『もののけ姫』

『スマイルプリキュア!』や『劇場版ONE PIECE STAMPEDE』など、エンタメの「王道」を行く作品づくりで知られる大塚隆史。その原点を探る全3回のインタビュー。初回は宮崎駿監督のアニメ『もののけ姫』をセレクト。だが、大塚が影響を受けたのは作品そのものではなく……。

取材・文/前田 久

人生で初めて能動的に、自分から何かをしようと考えて動くことができた

――今回、3作品を選んでいただきましたが、1作目は『もののけ姫』です。宮崎駿監督の代表作ですね。ただ、本編よりも『「もののけ姫」はこうして生まれた。』という制作の裏側を追ったドキュメンタリー作品の影響が大きいのだとか。
大塚 そうなんです。『もののけ姫』そのものだったら、アニメの監督としてわかりやすいセレクトだったかもしれませんね(笑)。僕は今でこそアニメの仕事に従事していますが、昔からアニメが大好きだったというわけではありませんでした。人並みに好きというくらいだったと思います。良くも悪くもアニメオタクではなかったんです。専門学校時代も、アニメの制作会社に入ってからも、濃いアニメ談義にはついていけなくて困りました(笑)。残りの2本も、この連載企画でほかの人たちが挙げているような作品とはちょっと違ったテイストのものを選んでいるので、企画の趣旨と違っていたら申しわけありません。

――そんなことはないですよ。興味深いセレクトで理由が気になります。さっそく順を追って聞かせてください。『「もののけ姫」はこうして生まれた。』からは、どんな影響を受けたのですか?
大塚 このドキュメンタリーを見たことが、僕がアニメの仕事を志すきっかけになりました。もともとは、弟が『もののけ姫』をすごく好きだったんです。毎週末映画館に通って、当時の映画館は入れ替え制ではなかったから、朝イチの回から最後までずっと席に座って見ていたくらい。

――それはすごい。
大塚 その弟があるとき、『「もののけ姫」はこうして生まれた。』を買ってきたんです。VHS3巻セットで1万円くらいする、学生には高価な代物で驚きましたね(笑)。それで、僕もなんとなく一緒に見ていたんですけど、その中で近藤喜文さんが試験官をやるアニメーターの原画試験のシーンがあって。

――それに合格すると動画マンから原画マンになれる試験で、最終的に誰も受からない。
大塚 ええ。そのビデオでアニメの制作過程をいろいろ見て、「原画」という仕事があることを知った。僕は子供の頃から絵を描くのは好きだったんですけど、それを仕事にするイメージはとくになかったんです。画家になりたいわけでもなかったし、描きたいストーリーがあるわけでもないからマンガ家も違う。そうした仕事に就くための才能も、欲もないと思っていたんです。というか、考えたことがなかった。でも、その原画試験の映像を見たときに「動きを描く」みたいな仕事があることを初めて知って、興味を持ちました。それでアニメの仕事に就くためにはどうしたらいいのかを調べ始めました。高3の初夏だったかな。高校の進路指導室に行って大学のパンフレットを調べても該当する学科がなく、専門学校にそれらしいのを見つけて、体験入学に行ってみました。自分の進路について初めて能動的に行動した瞬間でしたね。

このビデオで「原画」という

仕事があることを初めて知って

興味を持ちました

――体験入学では何をやったのでしょう?
大塚 自分で連続した絵を描いて、それをアクションレコーダーという専用の機材で撮影するんです。そうすると画面に自分で描いた絵が動いて映し出されて、それにとにかく感動して「これがしたい」と思いました。職業としてはあまり意識していなくて、ただやりたいなと思ったんです。

――『「もののけ姫」はこうして生まれた。』は6時間ほどある長い作品ですが、印象に残っているのは、原画試験のシーンだけですか?
大塚 そうですね。ほかのシーンにはとくに関心は持ちませんでした。僕自身、絵を描くのは好きでしたけど、特別に絵がうまかったわけでもないし、訓練していたわけでもない。だけど原画試験のシーンを見て、不思議と「俺ならできる!」と思ってしまった。完全にアホですね(笑)。でも、とにかくそう思ってしまった。そういうある意味、自分の中の何かが反応する瞬間というのが才能……というか人の向き・不向きがわかる瞬間なのかもしれません。根拠のない自信が湧いて、対象に興味が持てて、やってみたいと思えること。それが生き方を決めるときに大事なんじゃないのかなと今は思いますね。

――クリエイティブの始まりには、そうした不思議な感覚が大事なのかもしれませんね。
大塚 もちろん、それだけではダメで、そこからいろいろ勉強していくことが大事なんですけどね。でも、始まりはそういう「根拠のない自信」や「なんとなく好き」という気持ちが大事なのかなと思います。どちらも手に入れようと思って手に入れられるものではなく、身体の中から反応するものだと思うので、そういった感覚を見落とさないことが大切かもしれません。endmark

KATARIBE Profile

大塚隆史

大塚隆史

アニメ監督

おおつかたかし 1981年生まれ。大阪府出身。アニメ監督。主な監督作品に『映画 プリキュアオールスターズDX みんなともだちっ☆奇跡の全員大集合!』『スマイルプリキュア! 』『劇場版ONE PIECE STAMPEDE』『KICK&SLIDE』など。

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