Febri TALK 2022.05.27 │ 12:00

吉野弘幸 脚本家

③「脚本家」としての原点
『GEAR戦士電童』

『マクロスF』『ストライク・ザ・ブラッド』などで知られる吉野弘幸が影響を受けたアニメを語る全3回のインタビュー。ラストは福田己津央・両澤千晶コンビから多くを学んだ、脚本家デビュー作の思い出を振り返る。

取材・文/前田 久

僕は脚本家として、両澤さんの弟子だと思っています

――では、前回の話からの流れで、3本目は『GEAR戦士電童(以下、電童)』です。吉野さんの脚本家デビュー作ですね。
吉野 『アニメージュ』でサンライズ作品の記事を書くことが多くて、そのうちの一本、『星方武侠アウトロースター』の原稿をプロデューサーの古里尚丈さんが気に入って、打ち上げに呼んでくださったのが始まりでした。でも、そもそも脚本家になれるなんて考えたこともなかったんです。脚本のハウツー本も一冊も読んだことがなかったし、書き方の勉強もしたことがなくて、全部実地で見て学びました。『電童』にも最初は世界観設定を作るために呼ばれたんですよ。そうして参加しているうち、脚本開発の段階になって「試しに書いてみる?」と言ってもらえたので「じゃあ、やります」と。『アニメージュ』やアニメ作品のムック本を作るときに資料として見せてもらった脚本と、それまで見てきたアニメの知識だけで無謀にも挑んだわけです。

――初仕事の手応えはいかがでした?
吉野 当然、最初に書いた脚本はひどいものでした(苦笑)。第4話「戦慄の螺旋城」ですけど、正直なところ、僕が書いた原型は一行も残っていません。2本目の「新しい仲間」も、ヒロインのエリスが初登場する回ですが、これはどう見ても(『新世紀エヴァンゲリオン』第八話の)「アスカ、来日」。8話目でドイツから赤毛の天才少女がやってくる話を書いているという……(笑)。

――そこはどういう打ち合わせがあったのですか?
吉野 たしか「新しいヒロインを出そう」という話から始まったはずです。その時点まではベガさんが単独でヒロインだったんですけど、追加キャラクターを出そうと。その時点では「天才少女」という設定だけが決まっていたはずで、設定を固めるタイミングで僕が趣味を綺麗に出しきった(笑)。ただ、真面目なことも考えていて、銀河くんと北斗くん……普通の男の子と脳筋お馬鹿系の男の子の間に立ってバランスを取ってくれるのは、気が強くて頭のいいキャラクターだろうなという計算もありました。

――お話の作りやすさも考えて。
吉野 はい。あと、今にして思うと、シリーズ構成の両澤千晶さんがまさにそんなタイプだったんですよね。当時はまったく意識していませんでしたが、その影響もあったように思います。そうやって第4話と第8話の脚本を書いたものの、あくまでこれは記念受験。やっぱり難しくて、さすがに続けるのは無理かなと思っていました。でも、そう思いつつ書き上げた第10話「電童破壊0秒前」を読んだ総監督の福田己津央さんが、打ち合わせに入る前にすれ違いざまにひと言、「今回、面白かったよ」と褒めてくれたんです。たぶん、ご本人はおぼえていないでしょうけど(笑)。そのひと言で、脚本家の仕事を続けても何とかなるのかな?と思えたんですよね。

銀河くんと北斗くんの間で

バランスを取ってくれるのは

気が強くて頭がいい

キャラクターだろうと計算した

――続けていく自信が持てたのは大きいですよね。
吉野 『電童』では他にも貴重な経験をさせてもらえて、結局、脚本陣で企画の立ち上げから最後までずっと参加していたのは僕だけなんです。さまざまな要因で企画が変容していくてんやわんやも含めて、オリジナルアニメの企画に付き合う経験ができたのは、その後の仕事を思うとありがたかったです。『電童』での仕事を評価してもらえたのか、その後、古里さんが率いていたサンライズ第8スタジオの『舞-HiME』に、両澤さんと福田さんには『機動戦士ガンダムSEED(以下、SEED)』に呼んでもらえた。具体的な次の仕事のきっかけになったという意味でも、僕にとって大きな意味を持っている作品です。

――デビュー作というだけではなく、いろいろな意味で「脚本家・吉野弘幸」の原点にあたるタイトルなんですね。
吉野 そうですね。作品づくりの技術的な話だと、福田さんからは「クライシスとカタルシス」の理論を学ばせてもらいました。脚本を書くときは「どこまでピンチ感を盛り上げることができるか」が勝負であって、気持ちいい勝利というのはじつは勝ち方にあるのではなく、そこまでの追い込みっぷりにあるのだ、と。僕の脚本で主人公を追い込みがちなのはこの理論のせいで、『舞-HiME』や『舞-乙HiME』ではそれが遺憾なく発揮されています。『マクロスF』でもシェリル関連の描写はそうかな。そしてもっと広い意味で、僕は脚本家として、両澤さんの弟子なんだと思っています。

――両澤さんは残念なことに、2016年に亡くなっています。吉野さんの目から見た両澤さんの仕事のすごさをあらためて聞きたいです。
吉野 そうですね……。両澤さんは、ト書きを普通の脚本家より長く書かれることが多かったんです。アニメの脚本は大体ペラ(=200字詰め原稿用紙)75枚くらいに収めるものなのですが、『SEED』のときに両澤さんが書いた決定稿には、ペラ90枚くらいのものもありました。それは脚本としてボリュームを収めきれていないところもあるのですが、それくらいひとつの仕事に思いを込めていた。両澤さんはとにかく集中して作業をするんですよね。ある作品に関わると決めたら、別の仕事を入れずにそれだけに集中するし、1話分の脚本を書くときも他のことを考えない。突然、家で心ここにあらずの状態になって、ご家族から「今、コズミック・イラに行ってたでしょ?」と突っ込まれることもよくあったそうです。それくらい作品のことをずっと考えていたからこそ、『SEED』があれだけの大ヒット作になったのでしょう。僕はそこまでのことはなかなかできていませんが、これまで仕事で多くの方と関わらせていただいてきたなかで、そんな彼女の書き様にいちばん影響を受けたと感じています。endmark

KATARIBE Profile

吉野弘幸

吉野弘幸

脚本家

よしのひろゆき 1970年生まれ、千葉県出身。脚本家。シリーズ構成を手掛けた主な作品に『舞-HiME』『マクロスF』『ギルティクラウン』『ストライク・ザ・ブラッド』など。また、マンガ原作者として『聖痕のクェイサー』『神呪のネクタール』などの作品がある。現在、シナリオを手がける漫画『機動戦士ガンダム ラストホライズン』が連載中。

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