TOPICS 2023.05.18 │ 12:00

映画『名探偵コナン 黒鉄の魚影』
脚本・櫻井武晴が語るコナンと灰原に込めた「希望」①

八丈島の海洋上を舞台に、ミステリーとサスペンス、迫力のアクションが融合する映画『名探偵コナン 黒鉄(くろがね)の魚影(サブマリン) 』。2013年の『絶海の探偵 (プライベート・アイ)』以来、「黒ずくめの組織」や公安警察をとりまく骨太な犯罪ドラマで人気シリーズの立役者となった脚本家・櫻井武晴にインタビュー。コナンと灰原哀の関係性に込めた希望は何か。物語の背後にある、人間ドラマの醍醐味に迫る。

取材・文/高野麻衣

※本記事には物語の核心に触れる部分がございますので、ご注意ください。

黒ずくめの組織の現状を悟られないよう、でも少し匂う描写に

――2021年の『緋色の弾丸』に続いてのご参加。本作はどのように生まれたのでしょうか?
櫻井 2020年後半に今回の正式オファーがあり、「黒ずくめの組織の話を」と聞いていました。21年に打合わせが始まると、「メインゲストは灰原哀」というオーダーが。それならば、灰原の正体が組織にバレるサスペンスを作ろうと考え、今回の核となる架空の認証システムを思いついたんです。そのシステムを、世界中の防犯カメラとつないで使用できたら面白いんじゃないかと。そうするためには、ものすごく巨大なサーバーが必要ですし、そのサーバーを冷やす巨大な冷却装置も必要になるので、じゃあ海を舞台にしたらいいんじゃないかと考えました。「海を出すなら八丈島とイルカ」とおっしゃったのは青山(剛昌)先生。イルカが後々、クジラになったんですよね(笑)。

©2023 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

――櫻井さんといえば、「黒ずくめの組織」の鍵を握るおひとり。本作では、組織のメンバーたちがそれぞれ異なる思惑で行動するのが印象的でした。
櫻井 今回は組織のメンバーが大勢動くので、おっしゃるとおりそれぞれの思惑が行動原理によってわかるように書こうと思いました。僕は『純黒の悪夢(ナイトメア)』を書くとき、青山先生から黒ずくめの組織の現状、目的をすべて聞いたんです。なぜ「APTX(アポトキシン)4869」を開発しているのかも含めてです。それを踏まえて、現在の組織の状況を見る方に悟られないように、でも少し匂うように描写したつもりです。組織のメンバーは自分たちのことを「黒ずくめの組織」とは呼ばないし、なにより一枚岩じゃない。これがじつは、先生から聞いた彼らの現状と行く末を暗示しているんです。

「人生をあきらめていない灰原」を見せたかった

――なるほど。とくにベルモットやキールといった女性たちの活躍に胸が熱くなりました。
櫻井 ベルモットはコナンの正体を知りつつ、コナンを組織から守っている唯一のメンバーですよね。なんでコナンを守っているのか、なんで歳を取らないのか、という彼女の謎こそが、組織の今を如実に表している。ベルモットにとっては、それが組織のためになるからなんですよね。やらなきゃいけないことがすごく多くて、いちばん重荷を背負っている人。いつも余裕たっぷりのスタンスですけど、組織の中でいちばん大変な人だと思う。あとキール。僕はキールが抱えている葛藤が好きなので、彼女を十分に動かすことができたのはうれしかったですね。

――組織についてはのちほどまた伺いますが、メインである灰原哀の印象はいかがですか?
櫻井 灰原は(工藤)新一より、年齢的にも精神的にも大人な部分がある女性です。だから、普段灰原を書くときは「コナンより冷静で、コナンよりリアリスト」に見えるように書くのですが、今回は灰原が黒ずくめの組織に狙われる話。だから、これまでにない灰原の新たな一面が見えるように書こうと思いました。序盤、コナンに助けられる展開になりますが、灰原はただ守られるお姫様ではない。コナンが灰原を守りながらも、灰原に守られているという関係性を描きたいと思いました。灰原って、過去のことがあるから人生をあきらめた部分がありましたが、今回はそうじゃない灰原、人生をあきらめていない灰原を見せることができたんじゃないかな、と思います。

©2023 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

――お姫様ではないヒロイン像は、毛利蘭の活躍にも表れていますね。
櫻井 そうですね。蘭も灰原も一緒で、ただ守られるだけじゃなく、ちゃんとコナンを守ろうとする。互いに守り、守られているのが今回のコナンと灰原だとすれば、蘭はそのふたりごと守る。はっと気づくと、自分たちは蘭に守られていたんじゃないかと。最終的に、そんな蘭を支えたのが新一だったとなると綺麗ですよね。

コナンと灰原の関係性こそがふたりの最大の魅力

――灰原と直美の絆も心に残りました。リフレインされる「子どもの言葉や行動で人生が変わることもある」という言葉には、はっとした方も多いと思います。
櫻井 たとえば、『名探偵コナン』に出てくる少年探偵団の3人は、コナンと出会ってから1年足らずの間、毎日のように殺人事件と遭遇していますよね。これが彼らの人生に影響を与えないはずはない。3人とも普通の小学1年生より明らかにタフだけど、これはコナンの言葉や行動によって、彼らの人生がいい方向に変わったからだって僕は思いたい。だから今思うと、そんな願いを込めたセリフかもしれないです。子どもの頃って、たくさんの挫折や身近な人の死を経験して細かく傷つくじゃないですか。でも、そこでコナンのような存在に出会って救われて、そうやって心が強くなっていくと思うんです。傷ついた経験もないまま激しい衝撃を受けちゃうと、大きな傷を作っちゃうこともある。だから、子どもの頃に傷から逃げないことが重要だと思うし、それが子ども時代の意味なんだと思います。大人になってから、そんな風に気づかされるんですよね。

©2023 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

――今回の灰原は「人生をあきらめていない灰原」とのことですが、そういう灰原を作ったのも、やっぱりコナンだということですね。
櫻井 そう思います。新一と蘭って、物理的にどんなに離れていても最終的には交わるふたりですよね。一方、コナンと灰原ってどんなに近くにいても、どんなに同じ目的を持った同志であっても、最終的には交わらないふたりなんです。けれど、確実に影響は与えあっている。コナンと灰原を描くときは、交わらないふたりであることを予感させなきゃいけないけど、今はかけがいのない同志でもある。そういう関係性が描けることが、ふたりの最大の魅力なのだと思います。endmark

櫻井武晴
さくらいたけはる 1970年、東京都生まれ。東宝映画でプロデューサーを務めたのち、脚本家に転身。『相棒』シリーズや『科捜研の女』シリーズなど数多くのミステリー作品に携わる。劇場版『名探偵コナン』シリーズは通算6作目となる。
後編(②)は5月19日に公開予定
作品概要

『名探偵コナン 黒鉄(くろがね)の魚影(サブマリン)』
2023年4月14日(金)より全国東宝系にて公開中

原作/青山剛昌「名探偵コナン」(小学館「週刊少年サンデー」連載中)
監督/立川 譲 
脚本/櫻井武晴  
音楽/菅野祐悟 
声の出演/高山みなみ、山崎和佳奈、小山力也、林原めぐみ 他
アニメーション制作/トムス・エンタテインメント

  • ©2023 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会