トトとドロップの喧嘩のシーンは「男の子」を描いている実感があった
――もっとも印象深いシーンはどこですか?
いしづか いちばん好きなシーンは、山でトトとドロップが喧嘩するシーンです。梶(裕貴)さんも村瀬(歩)さんも怒りの表現にすごく長けた方なので、最初に演じてくださったときはあまりのリアルさに本当に怖くなってしまって(笑)。なので「小学生の喧嘩にしてください」と頼みました。「バカって言うほうがバカなんだもんね!」とか「先生に言いつけてやる!」とか、そういうノリですね。そうしたら見事に小学生同士の喧嘩にしてくださったので、あの喧嘩シーンは何度聞いても面白いなと思います。「僕は高校生じゃないもん」「ああ、そうかよ」など、本題とはズレたところで罵(ののし)り合う、あのバカバカしい感じがお気に入りです。
――喧嘩をすることで、結果的により深く思い合えるようになるのも素敵な関係ですよね。
いしづか あそこは「男の子を描いているんだな」と実感したシーンですね。喧嘩から始まった一連のやり取りは、ちゃんとお互いの気持ちを汲んだ優しさもあって、トトとドロップがもっとも魅力的に見える気がします。
テーマカラーは「日陰男子なりの大冒険」をイメージした黄色に
――一方、アクションとしては山中の冒険シーンがハイライトだと思います。作画面でこだわった部分はどこですか?
いしづか じつは山歩きの描写って、アニメーション的にはかなり難しいんです。普通の歩行シーンならリピートが使えるのですが、山となると一歩ごとに地形が変わるのでそれぞれちゃんと描かないといけないですし、さらにそれらを大勢のアニメーターさんの間で合わせるのがすごく大変で。今回は最初に社内(マッドハウス)のベテランアニメーターさんに山歩きのサンプル作画を作ってもらい、それをアニメーターさんたちの間で共有しつつ進めていきました。ロウマは姿勢が悪いからこれくらい前かがみのほうがそれっぽく見えるねとか、足の運びはこれくらいランダムになるねとか、腰や首、膝の位置はそれぞれこれくらいかなとか。さらにキックボードや自転車の走行シーンのサンプルも作りました。なにげに作画は大変でしたね。
――これはいしづか監督作品に共通した特色ですが、美術を含めた全体の色味も印象的です。本作の色表現は、どのようなコンセプトにしたのですか?
いしづか 若い人はもちろんですが、映画好きな大人の鑑賞にも耐えうる作品を作りたかったので、フィルムっぽい色合いや肌触りを大事にしたいと思いました。青春ものというと真っ青な空に入道雲が立ち上っているビジュアルをイメージしがちですが、ロウマたちは日向よりも日陰が似合うキャラなので(笑)。そんな日陰男子なりの大冒険ということで、黄色をテーマカラーにしました。美術に関しても、たとえば、森の奥までずっと木で埋めるなど、光量はかなり制限しています。この作品の日陰感というのは、そういうところでも表現されている気がします。
――面白いのは、日本からアイスランドへ舞台が移ってもまだ薄暗くて閉塞感があるところですよね。
いしづか ロウマたちのゴールは最後の電話ボックスのシーンで、あそこでようやく自分たちの行動を肯定することができたんです。そうなってようやく世界を見下ろすことができるわけで、そこまではなかなか景色が開けないというのは意識していました。
観客の感情をかき乱すような作品にしたかった
――今のお話に出たクライマックスにあたる電話ボックスのシーンですが、これは『よりもい』第12話のメールの受信シーンを彷彿とさせるような「時を超えた演出」ですよね。こういう仕掛けはどうやって思いつくんですか?
いしづか うーん、どうやって思いついたんだろう?(笑)
――いしづか監督の描くドラマは単純な喜怒哀楽ではなく、複雑で繊細な感情が生まれるのが魅力ですよね。
いしづか そこはたしかに狙っている節はあります。私自身、笑っていいのか泣いていいのかすらわからない、グチャッとした気持ちにさせてくれる作品が大好きなんです。私もそういう感情のかき乱し方ができたらいいなとは思っています。
――とくにロウマが電話ボックスで崩れ落ちながら泣き笑うカットが印象的です。
いしづか あそこは花江さんのお芝居もたまらないんですよね。感情が整理できないままに声だけが出ちゃっている感じがすごくよくて、自分でもまさにこれが描きたかったんだと思いました。
ラストシーンの真相は、自由に想像してほしい
――あのタイミングで電話がかかってきたのはただの偶然なのか、それとも本当にドロップなのか……。
いしづか それはどれだけ聞かれても絶対に答えません!(笑)
――お客さんの想像に委ねる部分なんですね。
いしづか 皆さんそれぞれに「こうであってほしい」という希望があるじゃないですか。映画館を出ていくときには晴れやかな気持ちでいてほしいので、そこはそれぞれで自由に解釈していただければと思います。
――ロウマとチボリのその後も気になるところです。
いしづか そこも自由に妄想していただきたいポイントですね。私としては、アイスランドにまで行って、ニューヨークを「なんだ。すぐそこじゃないか」とまで言ってのけたのだから、このロウマなら会いに飛んで行ったに違いない!と想像しますけど(笑)。
――最後に、二度目の鑑賞に向けた見どころを教えてください。
いしづか 「2回目はドロップ目線で!」というのは前編でお伝えしたので、今回は『よりもい』ファンに向けて言いますと、ぜひ本作に仕込まれた「よりもい要素」を探していただけたらうれしいです。引っ掛けもありますが、明らかに「これ『よりもい』で見たぞ」っていうものもありますよ。
- いしづかあつこ
- 1981年生まれ。愛知県出身。アニメーション監督。マッドハウス所属。大学在籍中よりアニメーション作家として活動を開始。主な監督作品に『さくら荘のペットな彼女』『ノーゲーム・ノーライフ』『ハナヤマタ』『プリンス・オブ・ストライド オルタナティブ』『宇宙よりも遠い場所』など。映画『グッバイ、ドン・グリーズ!』は自身初の劇場オリジナル作品となる。