TOPICS 2022.05.27 │ 12:57

アムロ・レイの演じかた
~古谷徹の演技・人物論~ 第1回(後編)

第1回 アムロ・レイに至るまで

今や日本中でもっとも有名なパイロットであり、主人公であり、ヒーローでもあるアムロ・レイ。『機動戦士ガンダム』の主人公として世に生み出されたこのキャラクターは、40年以上も愛され続け、今もなお関連作品の新作が製作・公開されている。
これまでずっとアムロ・レイを演じ続けてきた声優・古谷徹は、このキャラクターをどうとらえているのか。自身の人生に大きな影響を与えたアムロ・レイという存在を、その分身でもある古谷徹の視点を通して解明していく――。

取材・文/富田英樹 撮影/高橋定敬 ヘアメイク/氏川千尋 スタイリスト/安部賢輝 協力/青二プロダクション、バンダイナムコフィルムワークス

――池田さんがアムロ役を、ということですか?
古谷 そうなんですよ。アムロで受けたのですが、キャラクター表を見たらシャアが目に入って、こっちのキャラもやらせてほしいと頼んだそうです。松浦さんのことだからシャアは別のキャストを想定していたと思うのですが、池田さんの思いつきの行動によって「あのシャア」が生まれたわけですから運命を感じますね。そう考えると、あの温泉旅行で松浦さんに僕は何を見られていたんだろう……。当時の僕はお酒をまったく飲まなかったから、温泉に行ってもすぐに寝てしまっていたんです。でも、他の皆さんはお酒を飲んで発散していたでしょうから、そういう協調性のないマイペースなところがアムロっぽいと言えば、そうなのかもしれない(笑)。

――松浦さんはどんな人柄だったのでしょうか。
古谷 優しい人……というか、納得のできるダメ出しをする人でした。「さっきのもいいんだけど、もうワンパターン別の言い方も聞いてみたいんだよね」という言い方をする人なんです。そういう気の利いた言い回しをする人だったから、僕だけじゃなくて他の多くの声優さんたちからも支持されていました。これは想像でしかないけれど、松浦さんと富野監督の間の衝突もあったと思います。実際のところ、僕は富野監督からの演技指導はあまりなかったように記憶していて、それはアニメの声優デビューから11年経っていたし、『機動戦士ガンダム』では過去に共演した先輩もいたからアニメに慣れていると思われていたのかもしれません。もちろん、星飛雄馬の影響もあったでしょう。でも、それよりも『機動戦士ガンダム』はアニメに慣れていない声優さんが多かったから、役作りに悩んでいる人への演技指導のほうが大変という印象でした。最初の役作りでは、録音ブースに富野監督が来られて直接説明を受けましたけど、アムロは自分で役作りをしたという自負もあります。『巨人の星』では周囲に助けていただきましたが、アムロは僕が25歳のときにオーディションを受けたので、自分の中にもプロ意識が芽生えていました。もう耳元で演じ方を教えてくれる人はいない。だから、アムロの声の出し方、基本的なトーンなども含めて全部自分で考えたという思いがあるんです。

アムロ・レイ、その第一印象とは

――アムロ・レイは従来のロボットアニメの主人公とはかなり違うイメージの少年ですが、その第一印象はどういうものでしたか?
古谷 オーディションのときに見た第1話は、リアルな描写で衝撃を受けました。そもそも戦いたくない主人公というのが驚きだったし、そんな主人公で成立するのかなとすら思ったほどです。でも、その一方で、内向的で自分の思いをはっきり伝えられない少年なら声を張らなくてもいいと思いました。熱血ヒーローの演技をやらなくてもいいと感じて、肩の力を抜いた芝居をやってみようと思えたんです。アムロの第一印象は、茶髪で縮れっ毛で、それまでのロボットアニメの主人公っぽくない。名前からしてもどこの国の人なのかよくわからないキャラクターでした。第1話は「ハロ、今日も元気だね」というセリフから始まるんですが、それに続いてフラウ・ボゥとの会話で「このコンピューター組んだら、食べるよ」というセリフには驚きました。コンピューターを自分で組み立てられるなんてすごいなと。当時は70年代ですから、これまで自分が演じてきた熱血ヒーローとは違うタイプのキャラクターだというのはこれだけでも実感できました。当時は特殊能力を持っているとか何かに秀でているものがあってこその主役でしたから、そういう能力を持たない代わりにコンピューターを組み立てられるアムロは変わっていると感じました。また、第1話は日常会話も多いし、アムロらしさを表現するにはボソボソしゃべるほうがいいんだろうと考えました。これまでのような正義のヒーローでなく、自分自身が15歳だった頃を思い出して、その頃の普段の自分をそのままに、マイクに入らなくてもいいやというくらい独り言のようにしゃべってみたのがアムロ・レイの始まりなんです。アムロを演じたことは、自分の中で大きな自信になりました。作品が大きくヒットしたこともそうですが、アムロは自分が役作りをしたという自負があって、これでプロとしてやっていけると思いました。周りからの評価も変わるだろうと感じたんです。自分の演技に幅が出たと思えたし、熱血ヒーローは十八番としていつでもやれる、その上でナイーブな少年もできるという自信につながったんです。子役から俳優になる壁、そして星飛雄馬という偉大なキャラクターの壁を越えられたと思えました。演技の幅が狭いと、声優を起用する側であるスタッフからも飽きられてしまうため、常に新しい役を演じられるようになることは、仕事をする上でとても重要なことだと思うのです。endmark

古谷 徹
ふるやとおる 7月31日、神奈川県生まれ。幼少期から子役として芸能活動に参加し、中学生時代に『巨人の星』の主人公、星飛雄馬の声を演じたことから声優への道を歩み始める。1979年放送開始された『機動戦士ガンダム』の主人公アムロ・レイをはじめ、『ワンピース』『聖闘士星矢』『美少女戦士セーラームーン』『ドラゴンボール』『名探偵コナン』など大ヒット作品に出演。ヒーローキャラクターを演じる代名詞的な声優として現在も活動中。
第2回予告
『機動戦士ガンダム』の主人公、アムロ・レイを演じるにあたって、古谷徹はどのようにアムロと一体化していったのか。その役作りや演技の裏側を、本編の名シーンとともに振り返る。
映画情報

機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島

2022年6月3日(金)全国ロードショー

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