TOPICS 2023.07.25 │ 12:01

アムロ・レイの演じかた
~古谷徹の演技・人物論~ 最終回(後編)

最終回 これからのアムロ・レイ

アムロ・レイの演じかた――最終回は、古谷徹に聞く声優としての個性と演技論について。特徴的な声として認識されているアムロ・レイ=古谷徹の声だが、そこに個性を見出すまでに古谷徹が重ねてきた努力と経験について聞いた。

取材・文/富田英樹 撮影/高橋定敬 ヘアメイク/氏川千尋 スタイリスト/安部賢輝 協力/青二プロダクション、バンダイナムコフィルムワークス

自分の声の個性に気づいたのはアムロ・レイから

――アムロ・レイはもちろん、これまでいくつもの大役を演じてきた古谷さんですが、どうしたら役を得ることができるのでしょうか? オーディションなどで心がけていることがあれば、ぜひ教えてください。
古谷 オーディションで言うと、まずは作品や役についてその狙いを把握し、見極めておくことが重要です。可能であれば、セリフも事前に知っておければ、理解を深めるのに役立つでしょうし、設定や世界観も知っておくべきでしょうね。監督やスタッフの皆さんは、僕ら声優が、そのキャラクターに存在感を与えてくれることを望んでいるわけです。そのキャラクターが実在しているかのようにいかに演技できるか、その方法を自分だけのもので考え出せるかどうかがポイントだと思います。だから声の高低やしゃべりかたなどを自分なりに工夫するわけです。そういう準備をした上で、僕はオーディションに臨むということを心がけています。

あとは現場での監督やプロデューサーからの要求に対して、どれだけ臨機応変に対応できるかということになるでしょうね。他には日頃から感性をトレーニングしておく。感動できる作品を見たり読んだり、それは映画でもマンガでも本でもなんでもいいからとにかく吸収することが大切です。僕はドラマや映画が好きなので、そういう作品を多く見ますが、そこは好みの問題もあると思う。

――自分の声やしゃべりかたを調整するときは、録音したものを聞いて確認するのでしょうか? 自分の声は、耳で聞こえているものと録音では大きく印象が違うことがあります。
古谷 僕の場合、録音をして聞くということはありません。声に出して確認することはありますが、それも録音をした自分の声と違うと感じたことはないです。だから収録音声と自分が直に発声した声の印象が大きく違うということはないし、仕上がりが自分の狙いとズレていることもないですね。

プロ声優ならみんなそれが普通なんじゃないかな? とくに聞いたことはないけど、一般の方々と違ってオンエアでも自分の声を聞く機会が多いから、自然と自分の声がどういう音なのかを把握しているんじゃないかと思う。若い頃はもしかすると多少のズレが生じていたのかもしれないけど、今はもうそういう感覚はないです。この感覚は現場での要求に柔軟に対応するためにも必要だから、演技をしている自分の声がどういう音なのかを知っておくのはとても重要ですね。

――これからの声優に求められるものは何だと思いますか? 唯一無二の声質や演技力が重視された時代から、最近ではマルチタレントのような汎用性が求められている気がします。
古谷 たしかに、若い世代でそういう声優さんは少ないかもしれないね。昔は個性的な声でなければそもそも声優にはなれないという風潮があったし、役に対応した演技力も要求されていた。今はそういう個性的な声質よりも、もっとトータルでの演技力とか本人のルックスを含めたビジュアルが重視される傾向が強いと思います。

それは時代の要求なのかもしれないけど、一方で、そういう個性的な声を必要とするキャラクターも減ってきているからじゃないかな。イケメンキャラなのに個性的なダミ声を当てるわけにもいかないわけで、そうするとどのキャラにもいい声を当てることになって結果的に似てしまう。それとたとえば、宮野真守さんや山寺宏一さんのように多方面で活躍できる才能のある方たちならともかく、そこまで才能に自信がない場合はタレント化しないほうが息の長い声優として活躍できる気がします。

息の長い声優でいるためにはアニメだけではなくて、コマーシャルやドキュメンタリー、バラエティ番組などのナレーションや洋画の吹き替えなど、業界の中のさまざまなジャンルに対応できなければダメです。アニメ一筋というのはいずれ飽きられるし、そうなったときに他の仕事ができないと行き詰まってしまう。だから僕は、そういう意味でのマルチな声優になることが重要だと思いますね。

――声質の個性というものは、どうしたら出せるようになるのでしょうか?
古谷 僕は昔、露出度の高さだと思っていたんです。とにかくみんなの印象に残っていれば、もともと自分が持っていなくても個性は作られていくものだと。僕自身、自分の声が個性的だとは思っていなかったし、それこそ『巨人の星』の当時は周囲に個性的な声を持つ声優さんたちが多かったから、なおさらそう思えたのかもしれない。だから自分で作っていったという意識はなくて、その声しか出せなかったという感覚……キャラクターを演じることで精一杯だったし、その絵柄と声に違和感がないように自分なりのイメージでやっていたように思います。

正直、『機動戦士ガンダム』までは、どの作品も同じような声で演じていたんじゃないかな……この声しか出せない、みたいなね。キャラクターの見た目に合わせて多少修正をしていたくらいで、芝居や声を変える意識をしたのはアムロ・レイが最初だったのは間違いないです。だから、自分の声の個性に気づいたのはアムロ・レイからと言っても過言ではないのかなと思います。