古谷徹さんがオーディションを受けたのは知らなかった
――古谷徹さんがアムロの声を当てるというのは、どう思いましたか?
安彦 僕は古谷さんがオーディションに参加してアムロ役を取ったということを、ずっと知らなかったんです。1979年の当時でも、古谷さんといえば『巨人の星』の星飛雄馬の声の人ということで有名でしたから、僕はこちらから頼んだのだろうと思っていた。番組がこれまでにない新しいことをやろうとしているから、せめてキャストに有名な人を起用して話題性を作ろうとしてやったとばかり思っていたんです。一点豪華主義とでも言うのかな。でも、古谷さんご本人からオーディションを受けたというお話を伺って、しかも古谷さんが僕の描いたラフ稿を見て「あ、美少年じゃない」と思って、これはやりたいと感じたというんですよ。それを聞いてびっくりした。まあ、ひと目見て「美少年じゃない」という感想を持たれる主人公の絵というのもどうなのかとは思うんだけどさ(笑)。
――古谷さんは「それまでの熱血主人公とは明らかに異なる普通の少年だった」と第一印象を話していました。
安彦 その違いをひと目で感じ取ってくれたのはとてもうれしいことですし、それだけ古谷さんの感覚が鋭いということでもありますね。そういえば、池田秀一さんもアムロのオーディションを受けたんでしょ?
――そうらしいですね。シャアはついでにやってみたということらしいです。
安彦 それもすごい話だよね。僕は池田さんの子役時代を知らなかったんだけど、やはり大変なキャリアの人だから、これもやっぱりこちらからお願いしてシャアをやってもらったんだと思っていたんです。だから、古谷さんにせよ池田さんにせよ、こんな有名人がオーディションで役を取っていたとは思いもよらなかった。
古谷さんは、本当に根性のある人だなと感心します
――当時は声優さんとの接点はあまりなかったのでしょうか?
安彦 当時、僕はアニメーターとして参加していたわけだから、声優さんと会う機会なんてまったくないですよ。アフレコ現場に行くわけでもないし、スタジオで絵を描き続けるだけだから。そういう状況だから、アムロやシャアの声を聞いたのはオンエアが最初です。僕はアムロの声はどんなだろうと思っていたんですけど、「ハロ、今日も元気だね」っていう第一声を聞いて「あ、やっぱり星飛雄馬だ」って(笑)。
古谷さんの声は個性的で特徴があるから、先入観でどうしてもそう聞こえてしまうんですよ。当時、とても苦労してアムロの役作りをされていたというのはあとになってから知るのですが、あれだけ出来上がっていたイメージを打破するのは並大抵の苦労ではないですよね。初見の印象こそ星飛雄馬だったけれど、古谷さんがすごく努力をしてアムロを演じているのは回を追うごとにわかってきましたから、イメチェンを意識されているんだなとは理解できましたね。
――安彦さんの中でアムロの声のイメージというのはありましたか?
安彦 イメージというのはないんです。僕は声優さんをよく知らないし、耳も大して良くないのでね(笑)。ただ、神谷明さんがロボットアニメの主人公をよくやられていたイメージがあったので、そういう声ではないだろうとは思いました。
これも古谷さんから聞いたように思いますが、当初は「神谷さんで」という声もあったようですね。神谷さんがアムロをやっていたら、ああいう風にはなっていなかったでしょう。でもね、古谷さんだって星飛雄馬というとてつもない当たり役を持っていたわけじゃないですか。それ以外にもたくさんの作品に出演されているし、そうして築き上げてきたキャリアを捨てて、アムロに合わせてイメージチェンジするというのは、役者としてはものすごい冒険だと思います。下手をすれば国民的人気のある役を失ってしまうかもしれない。そういうリスクを負ってでも役作りに挑戦する古谷さんは、本当に根性のある人だなと感心しますよね。
じつを言うと、古谷さんとまともに話したのはわりと最近、10年前くらいでそれが初めてなんですよ。何かのイベントのときで、それまでは挨拶程度しかしなかったのですが、そこで芸歴の長さとか役作りの苦労についてのお話を聞けたんです。福井だったかに向かう電車に乗っていたら、不意に日焼けした茶髪の若者から「あ、どうも」なんて声をかけられてさ。最初は「なんだ、このサーファーみたいなのは? こんなヤツ知らねえ」と思ってしまったんですよ(笑)。彼はスポーツマンでウィンドサーファーだったんだよね。
そのときにお話ししていたら東京オリンピック(1964年)の話題になって、僕はあのとき高校生だったなんて言うと古谷さんは「僕もロケ先で見ましたよ」と言うんだ。「ロケ先!?」って、いくつから仕事をしているんだと思ったよね(笑)。池田秀一さんも天才子役として有名だったし、おふたりともすごいキャリアですよね。
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