憧れのバレエを遠回りしてきた潤平の渇望
「クラシックバレエ」と聞くと、筆者の脳裏には純白のクラシックチュチュ姿でヒラヒラと舞い踊るバレリーナの姿が思い浮かぶ。男性のバレエダンサーではなく、まず女性の姿をイメージしてしまうのは、「バレエは女性がやるもの」という固定観念があるせいだろう。『ダンス・ダンス・ダンスール』の主人公である村尾潤平は、そんなつまらない固定観念のせいで自分の夢にたどりつくのに遠回りをした少年だ。
幼い頃に見た男性ダンサーのバレエに魅了された潤平は、せっかく通い始めたバレエスクールを「男がバレエなんて」という友人の声を気にして辞めてしまった。そして周囲の目を気にするあまり、サッカー部に入ったり格闘技のジークンドーを習ったりするが、その一方で家で隠れてバレエの練習を重ねていた。このあたり、潤平のバレエへの強い情熱と執着が見てとれる。いや、ここまでくると「渇望」といっていいだろう。そして、母親がバレエスタジオを営んでいるクラスメイト・都に誘われたのがきっかけで、潤平は中学2年生にしてようやくバレエの世界に足を踏み入れる。それまでの飢えを満たすかのようにバレエにのめりこみ、みるみる上達していくさまはじつに清々しい。
潤平とそのライバルである森流鶯(るおう)が、衝突しながらもお互いを強く意識し合い、高め合っていく関係も本作の大きな見どころだ。潤平はバレエの経験こそ浅いが、生まれ持った身体能力の高さと吸収力、そしてバレエへの情熱で急成長していく。対する流鶯は幼い頃からろくに学校に通わせてもらえず、洋館の一室で祖母から行き過ぎた厳しいバレエレッスンを施されてきた。バレエを渇望しながらもその道を歩む機会を逸してきた潤平と、「バレエなんて好きじゃない」と言いながらも、その道を歩むことを強制され、バレエだけが取り柄になってしまった流鶯。お互いに相容れず「あいつにだけは絶対に負けたくない」というふたりは、顔を合わせればいつも火花を散らし合う。それなのに、お互いの実力をいちばん認め合ってもいる点は、スポ魂作品における王道的なライバル関係といえる。
また、本作で描かれるバレエシーンにも注目していただきたい。クラシックバレエは他の数あるダンスの中でも、「正解の形」が決まっている芸術だ。いかに情感を込めながら振り付け通りに「正解の形」を見せるか。その様式美を作画のみで描くのは至難の業。そこで、メインキャラクターのバレエシーン制作には、第一線で活躍している4人のプロダンサーをモーションアクターとして起用。しかも、ダンサーの動きをそのまま3DCGで表現するのではなく、モーションを人の手でトレースしながら描くという、非常に手間のかかった方式をとっている。繊細な指の動きやシルエット、筋肉の付き方といったバレエならではの「美の表現」は、3DCGだけでは描ききれないからだ。そのこだわりは相当なもので、バレエに関して何の知識もない筆者も本作を通して「クラシックバレエの様式美」に触れられた気がした。
TVアニメは原作コミックスの第5巻までという、区切りの良いところで最終回を迎えた。しかし、2022年9月現在で第24巻まで刊行されている。つまり、物語はここから本格的に盛り上がっていくというところで終わっており、じつにもどかしい。原作に追いつくまで第2期、3期と続いていくことを願ってやまない。