TOPICS 2021.09.07 │ 12:01

『ジョゼと虎と魚たち』Blu-ray&DVD発売記念
タムラコータロー監督インタビュー③

生まれつき足が不自由な女性・ジョゼと、ごく普通の大学生・鈴川恒夫の心のふれあいを描く劇場アニメ『ジョゼと虎と魚たち(以下、ジョゼ虎)』。本作のBlu-ray&DVDの発売にあわせて行ったタムラコータロー監督のインタビューの第3回は、あらためて本作を振り返ったときの思いや、本作に隠されたテーマについて語ってもらった。

取材・文/福西輝明

※本記事には物語の核心に触れる部分がございますので、ご注意ください。

「バランス」で勝負しようと思った

――『ジョゼ虎』の劇場公開から半年以上が経ちますが、あらためて本作を振り返っていかがでしたか?
タムラ そうですね。本作は全体的に丁寧に作られてはいるけれど、パッと見は演出や物語が革新的なものではない。いわゆる見たことのない強烈な視覚体験を得られるようなタイプの映画ではないと思っているんです。しかし、僕自身が一番力を注いだのはそこではありません。どちらかというと『ジョゼ虎』はバランスで勝負しようと思った作品なんです。むしろバランスこそが突き抜けるよう目指しました。たとえば、「絵」と「物語」のバランス。

――たしかに、『ジョゼ虎』はビジュアルと物語の両方が非常に高いクオリティだったと思います。
タムラ 絵にこだわりすぎると話がないがしろになる。話にこだわると絵が固くなる。どうしてもどちらかに片寄ることが多いんですよ。それはアニメで物語を描く表現者が抱える課題のひとつだと思っています。ほかにも「親しみやすさ」と「シビアさ」、「リアリティ」と「コミカル」といったバランスも考えました。また、原作小説に対する実写映画とのバランスもあります。読み手によっていくつもの受け取り方ができる原作小説をもとに実写映画が作られたことで、ひとつの「答え」が提示されました。ただ、答えはひとつではありません。もの悲しさが漂う実写映画に対して、アニメではまた違った方向性の「答え」を提示できました。こうすることで原作の解釈の幅を広げ、その多面性に再び目を向けていただくことができたのではないかと自負しています。アニメで『ジョゼ虎』に興味を持ってもらえたら、原作小説や実写映画にも手を伸ばしていただけると、そこでは全然違う魅力を持つ作品が待っている。それぞれの作品がいい意味で補完しあえる、そんなメディアごとのバランスも作れたのではないかと。

主人公が「終始」車椅子のキャラクター

――タムラ監督が『ジョゼ虎』の制作で盛り込んだ「挑戦」はありますか?
タムラ 僕が知る限りでは、車椅子のキャラクターが主人公のアニメ作品は非常に少ないんです。さらに印象に残る有名な車椅子のキャラクターとなると、僕のなかでは『アルプスの少女ハイジ』のクララまでさかのぼってしまう。クララは主人公ではないですし、リハビリの末、最終的に自分の足で歩けるようになります。実際、主役級の車椅子のアニメキャラクターって最終的に歩けるようになるケースがとても多くて。それ自体はいいことですし、今作でも恒夫がリハビリに励むのですが、ハンデを克服することで幸せになれたという描写ばかりになってしまうと、先天性の障がいをはじめ、治せないハンデを抱えた方はすべからく不幸だということにもなりかねない。それはちょっと納得いかないんですよね。なかには生まれつき歩くことができず、物語が終わっても車椅子のまま。でもちゃんと幸せをつかんだというキャラクターがいてもいいはず。その点でジョゼはアニメにおける「登場キャラクターの多様性」の一端を担えましたし、とても意義のあることだったと思います。

――なぜアニメには車椅子のキャラクターはあまり登場しないのでしょうか?
タムラ 技術的な面で車椅子の描写自体が非常に難しい、ということがひとつ挙げられます。車椅子は車輪が回ることで動くので、レールに沿った動きしかできません。ところが、その上に乗っているキャラクターは、あっちを向いたりこっちを向いたりと自由に動きます。まったく異なる動きの人間と車椅子を同時に絵で動かすのは、至難の業なんです。とくに移動する車椅子の上で暴れる人間、といったシチュエーションは、アニメーターにとって「ホントやめて!」と言いたくなるほど難易度が高いんですよ。

手動の車椅子の描写に真摯に向き合った

――言われてみればたしかに。『ジョゼ虎』ではあまりに自然に描かれていたので、そこまで考えが及びませんでした。
タムラ 電動の車椅子は一定のスピードで動くので、絵をスーッとスライドさせるだけで済む場合もあるのですが、ジョゼが最初に使っていた手動の車椅子はそうはいきません。ハンドリムを握り、最初にグッと力を込めて勢いをつけた瞬間はスピードが速いけれど、勢いが弱まるとだんだん遅くなります。つまり、スピードが一定ではないんです。グッと力を込めて勢いをつけて、スピードがゆるんだらまた勢いをつけて。その繰り返しをキャラクターの動きと連動させつつ、自然に描くのはとても大変でした。

――車椅子のキャラクターが主人公で、最初から最後まで出ずっぱりだったら、制作カロリーが跳ね上がりますね。
タムラ 電動車椅子なら難易度が多少下がりますし、未来的なデザインにすれば描くのが大変な車輪のスポークも隠せます。ただ、現実では手動の車椅子を使っている方もまだまだいらっしゃいますし、一度、真剣に手動の車椅子の描写に向き合ってみようと。ハードルは非常に高いものでしたが、TVシリーズよりも手間と時間をかけられる劇場映画だったからこそ、なんとか成し遂げることができました。

――実際に車椅子の描写をやってみて、いかがでしたか?
タムラ すさまじく大変でした。あまりに作画のカロリーが高すぎて、制作現場のスタッフからも「もうこれ以上はできません」と言われてしまったくらいで……(笑)。それでも最後までつきあってくれたスタッフには、本当に感謝しかありません。大変ではありましたが、それでも『ジョゼ虎』という前例ができれば、あとを追ってくれる作品が出てくるかもしれませんし、挑戦した価値はあったと思います。

キービジュアルではジョゼと恒夫の対等な関係を表現したかった

――「車椅子のヒロイン」と聞くと悲壮感や辛さをイメージしがちですが、『ジョゼ虎』の場合はまったくそう感じません。
タムラ ジョゼをひと目見て「かわいそう」とか「つらそう」という印象を抱かないように、細心の注意を払いました。キービジュアルを作る際も、ジョゼが恒夫に介護されているように見えない構図にこだわったんです。最初はジョゼの車椅子を恒夫が後ろから押している絵も考えたんですけど、どうしても「健常者の恒夫が、車椅子のジョゼを一方的に支えている」という構図に見えてしまって。そうではなくて、お互いに支え合う対等な関係にあるふたりが、どこまでも楽しそうでキラキラして見える絵を模索した結果、今の構図に落ち着きました。また、普通キービジュアルというとメインキャラだけで構成することが多いのですが、あえて舞や隼人は出さず市井の人々を描くことで「外=社会」のメタファーを表現してみました。ふたりを誰もジロジロ見ていないのもポイントです。モチーフとしては「ヒロインと青年のさわやかな日常の1コマ」という一見ありきたりなものですが、それが車椅子と一緒に描かれることは少ないですし、アニメ作品においては革新的、というところを狙ったんです。

――よくあるパターンだと、もの悲しさを感じさせる構図や表情にして、キービジュアルから「泣かせてやるぞ」みたいなものが多いですが、『ジョゼ虎』は真逆ですね。
タムラ そこまで徹底したにもかかわらず「このヒロインが死ぬんでしょう?」と勘ぐられたりもしたので、ハンディキャップをめぐる物語に対する世間のイメージをひしひしと感じましたね。それだけこのジャンルに重い作品が多いのかもしれません。「軽やかに描く」というのは「重く描く」よりも圧倒的に難しいんだなとあらためて思います。しかし、今作で開拓できたことも多いですし、挑戦できてよかったです。そういえば、初期のコンセプトとしてあったのは「男性が読んでも面白い少女マンガ」という切り口。男性が主人公の少女マンガって、女性はもちろん男性読者もとっつきやすいじゃないですか。だから「恒夫視点で始まる車椅子のジョゼとのラブストーリー」という切り口にすれば、僕が原作小説で感じたさわやかな読後感につなげられると考えたんです。そういう軽やかさもあってか、本作は「よくある話」「普通の恋愛作品」という評価をいただくこともあったのですが、それはそれでちょっとうれしいんです。なぜなら今作のような車椅子のヒロインを据えたアニメの恋愛映画自体、ありそうでなかったものだからです。それでいて多くの方に「特殊な恋愛もの」ではなく「普通の恋愛もの」として受け取ってもらえたということは、僕にとっては密かな成功でした。作品を完成に漕ぎつけるまでは本当に苦労の連続でしたが、見てくださった方の気持ちが少しでも前向きなものになれたのなら幸いです。そして何より映画を楽しんでいただけたのなら、こんなにうれしいことはありません。endmark

タムラコータロー
フリーランスのアニメ演出家。グループ・タック出身。現在はボンズ作品他で活動中。アニメ映画『おおかみこどもの雨と雪』で助監督、TVアニメ『ノラガミ』シリーズで監督を務めている。
作品情報

アニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』
Blu-ray/DVD好評発売中

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