Febri TALK 2021.11.10 │ 12:00

吉浦康裕 アニメ監督

②セルアニメのかっこよさを知った
『EXTRA』

吉浦康裕の人生を変えたアニメを聞くインタビュー連載の第2回は、東洋のテクノ・ゴッドことKEN ISHIIが1996年に発表したミュージック・ビデオ。このアニメを見たことで、CGによる空間デザインと手描きキャラクターの組み合わせに可能性を感じたという。

取材・文/森 樹

カッコいい世界観をアニメで表現しているのが新鮮だった

――2本目は世界的テクノ・ミュージシャンのミュージック・ビデオ(以下、MV)です。
吉浦 大学時代に『MYST』に影響を受けてCGを作り始めたのですが、入学した九州芸術工科大学には、カルチャーについてマニアックで濃い人たちがたくさんいたんです。その中に前衛的な映像に詳しいカルチャー通がいて、海外のアートアニメや当時のSTUDIO4℃の作品をすすめられたのですが、『EXTRA』も紹介してもらった作品のひとつですね。

――どのように見たのでしょうか?
吉浦 当時はネットの回線も遅かったのですが、PCで小さなサイズの動画を見ることができたんです。この作品の監督である森本晃司さんは『EXTRA』(1996)をはじめ、イギリスのバンド、The Bluetonesの『4-Day Weekend』(1998)、GLAYの『サバイバル』(1999)と、当時MVを3本立て続けに撮っていて、どれも衝撃を受けました。尖った世界観で、なんてカッコいいんだと。立体的なカメラワーク――吉祥寺のハモニカ横丁みたいな路地裏で怪物が殺されるシーンを見て、『MYST』のときもそうだったのですが、自分の好きな「空間」がそこにあると感じました。と同時に、立体的な空間の中でエッジの効いたキャラクターが芝居をしていることにも衝撃を受けて、「好きな空間の中で手描きのキャラクターを動かせばアニメーションになる」と、そこではじめて気づいたんです。

――CG空間でもキャラクターが描けると。
吉浦 自分の好きな3Dの空間に手描きのアニメを加えようと思ったのは、この作品がきっかけです。当時の僕の作風はSTUDIO 4℃もどきで(笑)、大学時代に『水のコトバ』という作品を自主制作で作ったのですが、あれは自分なりのSTUDIO4℃っぽい表現ですね。

――それくらい影響があったんですね。
吉浦 キャラクターのファッションもそうですし、三輪車に乗った子供が銃を撃つシーンも。それまでCG主義だった自分に、セルアニメのかっこよさを見せつけてくれた大切な作品です。

――今でこそよくありますが、当時はMVでアニメーションが使われること自体が斬新でした。
吉浦 ケン・イシイの曲が生み出すカッコいい世界観を、アニメーションで表現しているのはすごく新鮮でした。当時、テクノが流行っていたのもあって、電気グルーヴからダフト・パンク、エイフェックス・ツイン、そこからYMOやクラフトワークといった古典も聞いていました。そうすると、ミッシェル・ゴンドリー(ダフト・パンクやケミカル・ブラザーズのMVを監督)やクリス・カニンガム(エイフェックス・ツイン、オウテカのMVを監督)といった映像作家にたどりついて「カッケー!」となり(笑)。彼らと森本さんの作品に共通点があるとしたら、アートなんだけどギリギリ商業というところなんですよね。当時、何作か自主アニメを作ったのですが、商業アニメの匂いを捨てきれないくらいのバランスが好きだったんです。その頃の感覚があるから、今でも商業アニメを作っているのかなと思います。

アートなんだけど

ギリギリ商業アニメという

バランスが好きなんです

――吉浦監督にとっての商業アニメらしさ、というのはどこにありますか?
吉浦 個人的な考えだけでいうと、いわゆる「セルアニメ」の表現ですね。セルでキャラクターが描かれているからこそ、純アートから一歩逸脱していると思います。言い方を変えれば、キャラクターが別の手法を使ったアートの理屈で描かれていたら、興味がなかったかもしれません。

――なるほど。
吉浦 森本晃司さんの絵も『MEMORIES 彼女の想いで』の頃はもっとリアル寄りでしたが、この頃になると、いい意味で記号的なんです。髪の毛もギザギザに描かれていて、手足もシンプルになっている。そういった表現がCG好き、アート好きの大学生に、アニメに興味を持つ楔(くさび)となったのは間違いないです。加えて、同時期にNHK BSで『デジタルアニメ新世紀』という番組があって、森本さんの『音響生命体ノイズマン』や大友克洋監督の『スチームボーイ』、押井守監督の『ガルム戦記』などが紹介されていました。それを見て、さらに「アニメ業界いいかも」となったんです。

――『EXTRA』からは、世紀末の気配がします。
吉浦 暴力的なイメージのモチーフを極端に若いキャラクターに担わせているんですよね。それが当時としては斬新だったのをおぼえています。ちなみにいちばん好きなカットは、トイレの中を映すカットで、トイレのパースが歪んでいくんですよ。それがカッコよくて「どうしてこんなことを思いつくんだろう」と。

――レイヴカルチャーやドラッグカルチャーとも結びつくサイケデリックな表現ですね。
吉浦 『EXTRA』は、それまで知らなかった表現に触れるようになった大学時代の象徴的な作品ですね。舞台だったらダムタイプをすすめられたり、ノイズ系のライブに連れていかれたり……。ちなみに『EXTRA』で色指定をやられていた中内照美さんには、一時期、私の作品にスタッフとして入ってもらっていました。そのときに当時の話を聞いたこともあるのですが、ほぼ全カット、色指定をやっていたと。

――それは大変ですね。
吉浦 『機動警察パトレイバーREBOOT』でも色彩設計をやっていただいたのですが、全カット色指定をやってくださいました。本人にとっては「当たり前」くらいの感覚で。それはめちゃくちゃありがたかったですね。

――それくらい、気鋭のクリエイターたちがこだわりを持って作った作品だと。
吉浦 そうだと思います。3D マッピングの背景を動かすっていうのも、当時はあまり前例がなかったはずですからね。endmark

KATARIBE Profile

吉浦康裕

吉浦康裕

アニメ監督

よしうらやすひろ 2008年にオリジナルアニメ『イヴの時間』で監督デビュー。以後も主にオリジナル作品の原作・監督を務める。代表作に絶賛公開中の『アイの歌声を聴かせて』(原作・脚本・監督)、『サカサマのパテマ』(原作・脚本・監督)、『アルモニ』(原作・脚本・監督)、『機動警察パトレイバーREBOOT』(監督・共同脚本)など。

あわせて読みたい