Febri TALK 2022.02.21 │ 12:00

野村和也 アニメ監督/演出家

①業界に入るきっかけとなった
『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』

『ROBOTICS;NOTES』『ジョーカー・ゲーム』などProduction I.Gを主戦場に活躍する野村和也監督のルーツを掘り下げるインタビュー連載。初回はシリーズ作品で監督も務めた押井守監督のアニメ『攻殻機動隊』について。

取材・文/前田 久 撮影/村上庄吾

※新型コロナウイルス感染予防対策をとって撮影しています。

キャリアが『攻殻機動隊』から全部つながっている気がする

――野村監督のセレクト、1作目は『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊(以下、攻殻機動隊)』と、その続編の『イノセンス』です。これはどういった理由で選んだのですか?
野村 『攻殻機動隊』は業界に入るきっかけになったタイトルなんです。といっても本編じゃなくて、ムック本なんですけどね。『THE ANALYSIS OF攻殻機動隊―GHOST IN THE SHELL』(講談社)という本で、僕が地元の長野にいた高校生の頃、本屋さんでたまたま目について、タイトルに惹かれて手にとった。要するに、本編を見る前に買ったんです。なんとなくカッコいい絵がいっぱい載っていそうだな、みたいな感じで(笑)。本編を実際に見たのは上京してから。ただ、本の中に主人公の草薙素子が自分の存在に疑問を抱きながら日々を過ごしている様子が描かれていて、そこに上京するかどうか悩んでいた自分を重ねて共感していました。

――思春期らしいですね。
野村 で、その本に載っている設定類だとか、関わったスタッフの方々の名前を見て、井上俊之さんとか、アニメ業界のいろいろな方の名前を意識するようになったんです。中でも銃器設定の絵は「めちゃくちゃうまいな!」と思ってよく眺めていたんですけど、それを描いていたのが、のちに『電脳コイル』でご一緒することになる磯光雄さんだったんですよね。あのときはまさか、その後、磯さんと一緒に仕事ができるとは思いもしませんでした。『電脳コイル』の現場には井上さんもいましたし。だから『攻殻機動隊』の中身ももちろん好きなんですけど、思春期の大きな決断をするときになんとなく頼りになった思い出のタイトルとして挙げさせていただきました。そのあと、自分でそのタイトルを扱うことにもなってくるんですけれども……。

――黄瀬和哉総監督のもとで監督を手がけた『攻殻機動隊 新劇場版』ですね。
野村 話が来たときにはすごく驚きました。で、その仕事が『ジョーカー・ゲーム』を監督することにもつながるので、業界に入るときから今まで、キャリアが『攻殻機動隊』からすべてつながっている気がしています。

――『イノセンス』をセットにしたのは?
野村 これはもう、純粋に「好き」というだけです(笑)。じつは『攻殻機動隊』よりも『イノセンス』のほうが見ている回数が多いくらい。あの作品の「空気」が好きなんですよね。最初は劇場で見たんですけど、押井守さんの監督作だし、もっと複雑な物語を予想していたんです。でも、見終わったら、逆の印象を持ったんですよ。シンプルな、素子とバトーの話。ひとつの事件を追う「刑事もの」をベースに、ふたりの大人の男女の物語が描かれているとわかったときに、腑に落ちるというか「ああ、いい映画だな」と思ったんですよね。

――沁みますよね。
野村 映像的にも作画監督の黄瀬さんの色が強い印象で、僕は黄瀬さんの絵がとても好きなので、そこも魅力的でしたね。

――黄瀬さん色の強さは、どんなところに感じますか?
野村 黄瀬さんを語れるほど詳しいかと言われると、世の中にはもっと知識のあるファンの方がいるので少しためらわれますが(笑)。……黄瀬さんの絵って「リアル」なんです。単に精密に描いているという意味での「リアル」じゃなくて、より感覚的な「リアル」というか。バランスのとり方とか、しわの描き方だとか、肉感の表現だったりが独特で。フォルムのとり方も、動かし方もそうなんですけども、割りきれるところはめちゃくちゃ割りきった描き方をしているんですよね。作画枚数をいっぱい使っているかというと、意外とそうでもなくて。

――実写的な、写実的な「リアル」を追求しているわけではないんですね。
野村 ええ。アニメの表現って、基本的には情報量をそぎ落としていく作業だと僕は思っているんです。密度が高ければ「リアル」かと言われたら、じつはそうでもない。膨大な情報量をどうシンプルに落とし込んでいくかに、アニメーターとしての技術の差が出る。黄瀬さんはその能力がすごく高い。『攻殻機動隊』を一緒に作っていた沖浦啓之さんも、技術的には同じ水準だと思うんですけれども、目指している「リアル」の方向性が違う印象ですね。

――深いです。
野村 黄瀬さんって、聞いたところによると、昔は普段の生活のなかで膨大なデッサンをされていたみたいなんです。たとえば、電車に乗っているときでも、まわりの状況や人を軽くラフでスケッチしたり。ふとした人間の仕草だとか、フォルムだとかをずっと研究していた。すでにとてつもなくうまいのに。ご本人は絶対にそういうことを語る人ではないとは思うんですけれども、そうやって常に研究しているからこそ、普通の人では意識しないような「リアル」さをきちんと絵に落とし込んでいる。だから、黄瀬さんのカットは、見たときにハッ!とさせられるんですよね。普通の人だと、もしかしたらあまりにリアルすぎて意識できないかもしれない。絵を描いている人間だったら、まず驚きます。『攻殻機動隊 新劇場版』でも、黄瀬さんの原画に感動したカットがあったんです。40代後半か50代ぐらいの女性がベンチで亡くなっているだけのたった1枚の絵なんですけど、首元の肉のたるみ方だけでそれが死体であることと、女性の年齢感をしっかり表現できている。そういうことができるアニメーター、表現者って、やっぱりひとつ上をいっている方だと思うんですよね。お仕事をしてきた方だと、磯さんも近いタイプですね。

――なんというか、「達人が達人を語る」という感じです。
野村 いやいや。自分はアニメーターとしては全然いい腕ではありませんでしたから(笑)。……ただ、I.Gはもちろん、他のスタジオの若手アニメーターも、こんな感じでもっといろいろな人の絵を研究すればいいと思いますね。そこからいろいろ学べることが多いのに、もったいないなと感じることも多いので、今日は少し話をしてみました。endmark

KATARIBE Profile

野村和也

野村和也

アニメ監督/演出家

のむらかずや 1978年生まれ、長野県出身。アニメ監督、演出家。STUDIO 4℃を経てフリー。『戦国BASARA 弐』で監督デビュー。主な監督作品に『ROBOTICS;NOTES』『攻殻機動隊 新劇場版』『ジョーカー・ゲーム』『風が強く吹いている』『憂国のモリアーティ』など。

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