TOPICS 2022.09.29 │ 12:00

『すずめの戸締まり』を見る前に新海誠の世界を振り返る③
『雲のむこう、約束の場所』

2022年11月11日(金)に公開の新海誠監督の最新作『すずめの戸締まり』。その公開に先立ち、2016年の『君の名は。』の公開にあわせて雑誌Febri Vol.37に掲載した特集記事「新海誠の世界」を再掲載。『彼女と彼女の猫』『ほしのこえ』『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』など、『君の名は。』以前に制作した新海誠のオリジナルアニメーション作品について、本人のコメントを交えながら年代順に振り返る。

リード文/編集部 文/前島 賢

※本記事には物語の核心に触れる部分がございますので、ご注意ください。

新海誠の、長編への挑戦のはじまり

2004年に全国の劇場で公開された『雲のむこう、約束の場所』は、『ほしのこえ』に続いて制作された新海誠の商業2作目の作品であり、彼にとって初めての劇場用長編アニメーションだ。

前作『ほしのこえ』は、個人制作のアニメーションという新たな時代のクリエーションのあり方を示すものとして、大きな注目を浴び、新海誠の名を一躍有名にしたが、同時にこの作品には多くの批判も寄せられた。それらの多くはこの作品の欠如を指摘するものだったように思う。例えば、この作品には君と僕だけしかなく、社会が描かれていない、大人が描かれていない、ただのモノローグの連続であって物語がない……など。だが、『ほしのこえ』の独自性は描くべきこととそうでないことを潔く割り切ったところにある。だから、そうした批判が寄せられたことは逆に『ほしのこえ』の完成度の高さを示していたのではないかと評者は思う。しかしながら、新海誠はそのような批判にも誠実に耳を傾けようとした。その結果なのだろう。『ほしのこえ』に続く本作は、同作について「描かれていない」と批判された部分を補完しようとする意思が感じられる。

例えば本作は、引き裂かれた少年と少女がお互いを想う、という『ほしのこえ』のモチーフを受け継ぎつつも、ふたりの中学生男子の少女を巡る三角関係に始まって、ふたりの男女が再び巡り合うまでを描く明確な起承転結がある。少女が少年と引き離される理由も、旧ソ連を思わせるユニオンなる国家が建造した塔からの並行世界の記憶の流入による眠りという設定がきちんと語られる。また、南北統一を目指し、塔を破壊しようとする武装組織という形で、社会や大人もちゃんと登場する。だが、そのような形で『ほしのこえ』の「欠如」を補完したことで、本作が前作を超える傑作となったかと言えば、それはいささか疑問である。

本作のクライマックスは3年の時を経て再会したふたりの少年、ヒロキとタクヤの対決にある。突然姿を消した少女・サユリとの思い出を引きずり、「今では、サユリの夢のほうを現実よりも現実らしく感じている」と語り、またサユリとともに「世界にひとりきり、取り残されている、そんな気がする」と言葉を重ねるヒロキは、『ほしのこえ』のノボルや『秒速5センチメートル』の貴樹に通じる典型的な新海作品の主人公だ。他方、もうひとりの主人公であるタクヤはそんな彼の対であり、『ほしのこえ』に足りないと批判された「社会」や「大人」を一身に背負った存在として登場する。少年の日の思い出を引きずるだけのヒロキと、サユリの眠りの謎を解き明かす研究者であり、ユニオンへのテロを目論む武装組織の構成員であるタクヤの対立を通じ、「夢に囚われた子供」対「現実を知った大人」の対立を描く意図だったと思われる。しかし、物語的な説得力で、タクヤはまったくヒロキに太刀打ちできていない。欠落を抱え夜の東京をあてどなく彷徨うヒロキの姿は、独自のセンスで美しく描かれる東京の街並みと切実なモノローグと相まって、前作『ほしのこえ』同様に受け手の心を刺す。だが、一方のタクヤの描写はと言えば、研究施設の描写といい、テロリストたちの描写といいステレオタイプの域を出ていない(唯一ヒロキに匹敵する切実さをタクヤが獲得しているのは、年上の研究員マキとの関係であろう。都会で消耗した女性というモチーフは『彼女と彼女の猫』や『言の葉の庭』などで新海誠が繰り返し描いてきたものだ)。

ひと言で言えば、新海誠の叙情性が圧倒的に過ぎ、物語や世界観の水準がまったくそれに追いついていないのだ。前者が存分に発揮されたヒロキのパートは、確かに観客の胸を打ち、それだけでも見る価値は十分にあるが、「それだけ」で構成された『ほしのこえ』と本作を比べると、欠如を補完したというより、蛇足の多い映画になってしまっている、というのが評者の正直な感想である。

新海誠は間違いなく天才だが、その才能には大きな偏りが見受けられる。風景描写の美しさにかけては随一だし、あるいは自作のノベライズでもすぐれた仕事を残しているように、モノローグにおける言葉選びのセンスも一級だ。他方で、何らかのテーマをもとに物語の段取りを組み立てていく構成力についてはやや苦手な印象がある。本作はまさにその欠点が出てしまった作品だろう。新海誠自身、本作を制作したことで自分の武器が何かを十分理解したはずだ。だからこそ、次作『秒速5センチメートル』は、新海誠の代表作と言うに相応しい傑作になった。

けれど、さらにその後、新海誠は自分の得意分野に引きこもることをよしとせず、何度も物語を語ることへの挑戦を繰り返してきた。例えばそれが『星を追う子ども』であり、『言の葉の庭』であり……そして最新作の『君の名は。』である。この『君の名は。』で、ついに新海誠は長編映画を、物語を、エンターテインメントを語ることに成功した。評者としては、新海誠が挑戦を諦めず、傑作をものにしたことが素直にうれしい。そして『君の名は。』を作り上げるために必要だった過程として、本作もこれから再評価されていくのではないかと思う。endmark

新海誠監督のコメント

自分としては、稚拙さが目立つ――特に、物語面での手つきの危うさばかりが気になってしまう作品なのですが、個人的に今回の『君の名は。』は、この『雲のむこう、約束の場所』の語り直しという気持ちが強いんです。夢での淡いつながりであったり、出会うべき人と夢で出会う物語であったり……。『雲のむこう、約束の場所』を作ったときに感じた「もっとうまくできるハズなのに」という思いが『君の名は。』になっているのかな、と思います。あと、今の作品につながるビジュアル的な手法も、この作品の制作を通じて身につけたもので、今の制作チームの基礎ができたのもこの『雲のむこう、約束の場所』だと言える。中でも『君の名は。』では美術監督でもある丹治(匠)さんや馬島(亮子)さん、渡邉(丞)くんと巡り合うことができた。そういう意味でも、懐かしい作品ですね。

※新海誠監督のコメントを含めて、雑誌Febri Vol.37(2016年9月発売)に掲載された記事の掲載です。
作品情報

映画『すずめの戸締まり』
2022年11月11日(金)全国ロードショー

  • ©2022「すずめの戸締まり」製作委員会