服部平次vs怪盗キッドというコンセプトは最初から決まっていた
――まずは、心躍るアイデアが生まれた経緯を教えてください。
永岡 服部平次(以下、平次) vs怪盗キッド(以下、キッド)というコンセプトは最初から決まっていました。そのあと舞台が函館に決まり、函館といえば五稜郭ということで、土方歳三というアイデアが出てきたんです。見せ場となる平次の告白シーンは、100万ドルの夜景で有名な函館山にしたいと考え、それならば、平次とキッドの戦いは「裏夜景」といわれている場所にしたいと思いました。プライベートで函館旅行をしたとき、タクシーの運転手さんに教えてもらって心に残っていたんです。
――実体験を踏まえただけに端々にまで臨場感があって、函館旅行がしたくなる作品でした。5年ぶりのタッグとなる、大倉さんの脚本の第一印象はどうでしたか?
永岡 まず、刀の数が多い(笑)。宝探しの鍵なので仕方がないのですが、シナリオを読みながら「今、何本目だっけ?」と混乱してしまったので、しっかり刀の区別ができるようにしなくてはと思いました。映像にするうえで大事なのは「今、コナンくんたちが何を考え、何の謎解きをしているのか」を見ている方にわかりやすく伝えること。今回は謎解き要素がたくさんあって、探偵でもあるコナンくんはすぐに解いてしまうのですが、誰もがそうではありませんから。刀に関しては鍔(つば)だけではわかりにくいので、色でしっかり区別して、いつ誰がどの刀を持っているかわかるように工夫しました。それから、東窪榮龍(ひがしくぼえいたつ)の6本の刀の鍔は、デザイナーの濱祐斗さんにアイデアをいただき、すべての刀の鍔を合わせると五稜郭の形になるようにしています。本職の方におまかせしたので、カッコいい刀になったと思います。
――青山(剛昌)先生のアイデアで印象的だったものはありましたか?
永岡 「セスナの上で戦わせたい」というものでしょうか。先生は、そういう現実ではありえない、ハリウッド的でちょっとハッタリの効いたアクションがお好きなんですよね。今回の一連の事件すべての黒幕かのような謎の軍艦を出すことになったのも先生のアイデア。それがないとブライアン・D・カドクラたちのやっている悪事が小さくなってしまうから、彼らの上にさらに大きな存在がいると匂わせたいと。なるほどと思いましたし、そこまでおっしゃるならば、私もエンタメに徹しようと覚悟を決めました。
――青山先生ならではのエンタメ感と同時に、濃厚な人間ドラマも堪能できて、こんなに全方向で楽しめるのかと驚嘆しました。監督の譲れないこだわりはどこでしたか?
永岡 登場人物たちの感情の描き方、でしょうか。脚本の第1稿を読んだとき、今回の本筋が宝探しなこともあってか「ほのぼのとしているな」と感じたんです。でも、私はもっと緊迫感がほしかった。そこで大倉さんに「誰か撃たれてみては?」と提案しました。誰かが撃たれ、状況が緊迫してもなお宝探しを続ける理由に「真剣さ」と「葛藤」を加味したかったからです。そうしたら、次の稿で(道警の)西村警部が撃たれることに。ただ、青山先生は「西村だと怪盗キッドは助けない」とおっしゃったので「では、中森警部にしませんか?」と提案しました。すると「ああ、中森だったらキッドも助ける」とおっしゃってくださって。そして彼が撃たれることによって、娘の青子が登場することに。終盤まで、彼女の登場は予定していなかったのですが、最終稿前の打合せで「中森が撃たれるんだったら、たぶん青子が助けに来ると思うから、青子を出してくれ」と先生がおっしゃったんです。
――すごい。登場人物たちの感情に向き合うことで、新しいドラマが生まれたのですね。
永岡 はい。足りないスパイスは何かを考えたら緊迫感だと思って、そこから誰かが撃たれるアイデアが出て、人物たちの関係性を考えたら中森警部になった。そして彼が撃たれたら「青子が出るよね」と数珠つなぎで脚本が変わり、物語に深みが増していった。ここはこだわってよかったと思っています。
今どきの男子高校生感が出せたのは平次のおかげ
――『名探偵コナン』と『まじっく快斗』の世界がこれまで以上にクロスオーバーしているのも本作の魅力のひとつですが、監督にとってキッドはどんな存在ですか?
永岡 憧れですね。空を飛ぶって楽しいだろうな、自分も飛んでみたいなって、彼を描くたびに思います。誰しも空を飛ぶ鳥に憧れる瞬間が一度はあるのではと思うのですが、キッドはそういった憧れを具現化している存在。人間ができないことをさらっとやってしまう、ちょっとファンタジーな存在なんですよ、私にとってのキッドは。
――なるほど。もうひとりの中心人物、平次はどうでしょう?
永岡 等身大の男の子です。キッドは――素顔の黒羽快斗だとまた話が変わりますが、やっぱり現実にはいない存在だなと。行動のすべてがキザで優雅だし、ある種偶像的なんですけど、平次は真逆で等身大の男子高校生なんです。ちゃんと和葉が好きでドキドキするし、嫉妬もストレートに出すし、素直になれない。工藤新一に対するライバル心も含めて、彼の反応すべてが等身大の男の子だと感じます。
――たしかに愛しい存在ですよね。コナン、平次、キッドという天才3人が一堂に会したときの、男子高校生感も印象的でした。
永岡 電車の中で3人が話すシーンで、外見的にぱっと見てちゃんと高校生なのは平次だけ。コナンは小さいし、キッドはキッドだし、見た目はみんな違うけれど、本当は同い年ですよね。そんな3人が電車の中にぎゅっと詰まっていたら男子高校生感が出るはずだと意識して描きました。あの雰囲気が出せたのは、たぶん平次がいるからです。平次がいなかったらもう少し緊迫しますし、そもそも見た目でリアルな高校生がいなくなっちゃうので。今どきの男子高校生感が出せたのは、平次のおかげだと思っています。この電車のシーンで、横並びの3人が映るたびにコナンが工藤新一、そしてキッドが黒羽快斗として、それぞれの真実の姿で、服部平次を含めた3人で事件の話ではなく、好きな子の話とかを電車に乗ってワイワイと会話をしてくれたりなんてしないかなぁとふと思い浮かべたりしちゃいますね。
――ラスト、そんな平次と和葉の見せ場も盛り上がりましたね。
永岡 本当に楽しかったです(笑)。平次はたぶん、あれ以上のセリフはもう二度と言えないんじゃないかなって思うぐらいいい告白だったので、彼の今後のハードルはすごく上がってしまったと思います。がんばれ平次!と心の中で引き続き全力で応援しています。
- 永岡智佳
- ながおか ちか 1983年生まれ、群馬県出身。アニメ制作会社J.C.STAFFにて制作経験後、「神様はじめました」、「銀魂」などで演出を手がける。また、劇場版第21作の「名探偵コナン から紅の恋歌(ラブレター)」で助監督を経験。その後、第23作「名探偵コナン 紺青の拳(フィスト)」、第24作「名探偵コナン 緋色の弾丸」の監督を手がける。他の監督作品に『劇場版 うたの☆プリンスさまっ♪ マジLOVEキングダム』、『劇場版 うたの☆プリンスさまっ♪ マジLOVEスターリッシュツアーズ』などがある。
『名探偵コナン 100万ドルの五稜星(みちしるべ)』
2024年4月12日(金)より、大ヒット公開中
原作:青山剛昌 「名探偵コナン」(小学館「週刊少年サンデー」連載中)
監督:永岡智佳
脚本:大倉崇裕
声の出演:高山みなみ(江戸川コナン)、山崎和佳奈(毛利蘭)、小山力也(毛利小五郎)
山口勝平(怪盗キッド)、堀川りょう(服部平次)
スペシャルゲスト:大泉洋
主題歌:aiko「相思相愛」(ポニーキャニオン)
- ©2024 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会