「大泥棒」と「名探偵」は互いに認め合っているからこそ出てくるセリフ
――前編にて「服部平次(以下、平次)は等身大の男子高校生」というお話がありましたが、本作には、彼のラブコメとしても新鮮な表現がたくさんありましたね。平次のライバル登場にコナンがほくそ笑んだり、ラストシーン直前に蘭が涙したりと、ギャグ顔が印象的でした。
永岡 ここはギャグに振ろうとか、真面目にいったほうがいい、というのはコンテの段階で自分の感覚で決めていました。「服部に見せてぇ」と言ったときのコナンくんの顔は、ギャグに振りましたがとてもいい顔をしてくれました(笑)。あと青山先生のリクエストで印象的だったのが、例の蘭ちゃんが涙するシーン。ラストでこの顔をさせるのはよくないかもと思って普通の顔にしていたのですが、先生から「この顔で」と。
――先生からのリクエストだったのですね! 蘭にはよりリアルな女子の機微を感じましたし、今回はリモート出演となった園子がかわいく描かれていたのが印象的でした。
永岡 園子に関しては、短い出演シーンでもしっかり存在感を残したいと思っていたので、園子役の松井(菜桜子)さんから「かわいく描いてくれてありがとう」とお言葉をいただいて、とてもありがたかったです。蘭ちゃんに関しては、時計台のそばで平次と話すシーンで、いつもの彼女にはない怖さを出したかった。たぶん蘭ちゃんも無意識に、友達である和葉のために「告白しろよ、お前」みたいな強い圧を平次にかけている。ありますよね、こういう関係。平次は発破をかけられて「工藤(新一)には負けられへん」と決意を固めます。
――新一へのライバル心を刺激するのに、蘭ほどの適材はいませんものね。コナンと平次、そしてキッドの関係性を描くにあたって、どんなことに留意しましたか?
永岡 まず、彼らが絶対になれ合わないようにすることが、先生からの最初のオーダーでした。『名探偵コナン 紺青の拳(フィスト)』ではちょっとわいわいしてしまったので(笑)、探偵たちは探偵たち、怪盗は怪盗で、情報交換はするけれど決してなれ合わない。前編でお話した電車のシーンだけは唯一わいわいしているのですが、その最後にコナンがキッドを「大泥棒」と呼び、キッドがコナンに「名探偵」と返します。これってなれ合いはしないけれど、互いに認め合っているからこそ出てくる言葉ですよね。コンテを描いたあとに先生が足してくださったセリフなのですが、いい言葉をいただいたなと、個人的に気に入っています。
――怪盗キッドの真実について初めて聞いたとき、どう感じましたか?
永岡 読者の間ではずっと噂されてきたことなので、一応想定内でした。公式が答えを提示してくれることにほっとしましたし、そこに至る物語を担当できて、個人的にはとてもうれしかったです。
――衝撃のラストにいたる細やかな伏線も、とても自然で見事でした。
永岡 キッドの真実へつながる伏線を要所要所で入れるようにしました。まず最初に、キッドの素顔をみた平次が「あの顔……工藤にそっくりやったな。……それに声まで……」と言い、そのあとに波止場で会ったコナンくんを見て「うーん」と怪しむ。そして、電車のシーンのあとでコナンくんにキッドとの関係を尋ねるのですが、「他人の空似……たまたまだよ!」と言われ「ま、ええか」って終わりにしちゃうので、序盤の30分ぐらいで終わってしまい、最後まで引っ張れないなと。中盤でもなんとか伏線を入れ込めないかと思っていたとき、うまく入ってきてくれたのが青子でした。平次が波止場でコナンくんを「うーん」と見たときとまったく同じ構図の逆ポジで、青子に「君……青子の幼なじみの男の子の小さい頃によく似てるなー」と言ってもらうことで、お客さんは「あ、そういえば、こんなテーマあったね!」と久々に思い出したはず。キッドの真実は本筋の事件とは関係ないのですが、裏テーマのように随所に盛り込み、「忘れないでね、これがキッドの真実だよ」というメッセージを込めました。
物語の大きなテーマは継承、意志を受け継ぐこと
――表と裏のテーマは、少し似ているようにも感じます。
永岡 そうですね。今回の物語の大きなテーマは、継承、意志を受け継ぐことだと思っています。じつは今回、演出スタッフなどから「どうしたらいいですか?」と質問があったとき、「こうしたらいいんじゃない?」とアドバイスできている自分に気づきました。昔は人に教えるのが得意ではなかったのですが、私の持っている技術を後輩たちに受け継いでもらえるといいなという気持ちが若手のスタッフと仕事をすることで初めて生まれたんです。父の想いをキッドが受け継ぐように。私も年を重ねることにより、アニメの現場が世代交代していくのを見て、継承の大切さを実感したのかもしれません。
――映画の世界と現実がリンクしていくような、素敵なお話ですね。監督が今後、『名探偵コナン』で描いてみたい人物やイメージはありますか?
永岡 今回、意外に面白いと思ったのは紅葉と伊織でした。ふたりにはお嬢様と執事という、しっかりした主従関係があって、彼らだけ世界観がちょっと違う。それが描いていてとても楽しくて(笑)。映画には尺があるので、今回もいくつかのシーンをカットしているのですが、紅葉と伊織の活躍はもっとしっかり見せてあげたかったと個人的には思っています。本当にいいコンビだと思いましたし、このふたりだけでも物語が作れるのではないかと思いましたね。ふたりは『名探偵コナン から紅の恋歌(ラブレター)』で初登場しましたが、当時はまだほんの顔出しという感じでした。そのあとに原作にも登場して年月も経ったからこそ、今の彼らのキャラクターが出来上がったはずです。今だからこそ楽しいふたりを、またの機会に活躍させたいですね。
――伊織は、原作でもどんどん深掘りされていますしね。そこから生まれてくる新しい物語を、再び監督の手で味わえたらと思うと楽しみです。
永岡 そうですね。なんか戦ってほしいですよね、いろいろね(笑)。
- 永岡智佳
- ながおか ちか 1983年生まれ、群馬県出身。アニメ制作会社J.C.STAFFにて制作経験後、「神様はじめました」、「銀魂」などで演出を手がける。また、劇場版第21作の「名探偵コナン から紅の恋歌(ラブレター)」で助監督を経験。その後、第23作「名探偵コナン 紺青の拳(フィスト)」、第24作「名探偵コナン 緋色の弾丸」の監督を手がける。他の監督作品に『劇場版 うたの☆プリンスさまっ♪ マジLOVEキングダム』、『劇場版 うたの☆プリンスさまっ♪ マジLOVEスターリッシュツアーズ』などがある。
『名探偵コナン 100万ドルの五稜星(みちしるべ)』
2024年4月12日(金)より、大ヒット公開中
原作:青山剛昌 「名探偵コナン」(小学館「週刊少年サンデー」連載中)
監督:永岡智佳
脚本:大倉崇裕
声の出演:高山みなみ(江戸川コナン)、山崎和佳奈(毛利蘭)、小山力也(毛利小五郎)
山口勝平(怪盗キッド)、堀川りょう(服部平次)
スペシャルゲスト:大泉洋
主題歌:aiko「相思相愛」(ポニーキャニオン)
- ©2024 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会