のびやかで心地よくて、ちょっと意地悪
――今回、「着ぐるみ」以外にテーマに挙げようと迷った杏沙子さんの楽曲はありましたか?
伊達 じつは、最初に挙げよう思っていたのは「天気雨の中の私たち」という楽曲だったんです。夏の楽曲だったので今回は別のものにしたんですけど、とくに「あ、これ自分の心に刺さるな」という杏沙子さんの楽曲って、なぜか夏をテーマにしたものが多いんですよね。
――杏沙子さんのどんなところがアーティストとして魅力的だと思いますか?
伊達 シンプルに歌声というか、テンション感が自分に合う気がして大好きなんですよね。今までの連載を振り返ってみても思うんですけど、私って温かみのある歌声や楽曲に惹かれる傾向があるのかなって。
――杏沙子さんにもそういった温かみを感じる?
伊達 すごく楽しそうに歌われるんですよね。つねに口角が上がっていて、笑顔のイメージというか。のびやかで心地いい歌声で、耳が癒やされる感じがするんです。
――たしかにメロディも優しい感じですし、ホッとする印象があります。ただ、ところどころで歌詞にドキッとするフレーズがありますよね。
伊達 そうですね。キャッチーで温かくて耳に残るんですけど、そのフレーズの棘が少しチクッと刺さる、意地悪な感じもかわいくて大好きです。
自分にも「着ぐるみ」がほしいと思うことはある
――この楽曲における「着ぐるみ」は、中に入って正体がわからない状態で辛辣なことを言いたい、というような「チクッと刺さる」文脈で登場しています。前編で少し触れていましたが、高校生当時の伊達さんにはそれがマッチする状況があったのでしょうか?
伊達 それはもう、中学生くらいからずっとありましたね。やっぱり人間として多感になる時期なので、言いたくても言えないことがあったというのは、皆さん共通してあることだと思うんですけど、私にもそういうことはありました。でも、「言いたいけど言えないことがある」ということも言い出せなくて。
――たしかに、誰もが一度は通る道だという気がします。
伊達 当時はもう、体育館のど真ん中で叫びたいくらいだったんですけど(笑)。たとえば、学校の「それって何の意味があるの?」という校則だとか、ちょっとした義務みたいなことに物申したいと思ったり。今思い返すと、どうしてあんなことにこだわっていたんだろうって思うんですけど。友達とは普段そういうことを言いあっていても、先生の前では表に出さずにニコニコしていた思い出があるので、そういうところはこの楽曲の「着ぐるみ」と似ているなと思います。
――伊達さんの場合、仕事でプレッシャーを感じてもなかなか弱音を吐けない、ということがあったりするんじゃないかと想像するのですが、そういうときに「着ぐるみ」がほしいと思いませんか?
伊達 思います(笑)。ただ、ほしいなと思うタイミングはたくさんあるんですけど、振り返ってみるとプレッシャーを乗り越えたことが自信になったり、やっぱりあのときは相手が言っていたことが正しかったなと思うことも多いので、何でもかんでも思ったことを言えるようになりたいな、とまでは思わないですね。
自信がないことは時間が解決してくれる
――テーマをもらったときに「飛べないバッタでも/なんとかなるでしょ」というフレーズが印象的です、とコメントがありましたが、ここから歌詞は「言い聞かせて/顔をすまして/それとなく逃げている」と続きます。伊達さんは「あまり自信はないけどなんとかなる」と言い聞かせて何かに挑むことはありますか?
伊達 ありまくりですね(笑)。「時間が解決してくれる」という言葉が好きな一方で、都合がよすぎるので嫌いだったりもするんですけど、自信がないなりに取り組んでいるうちにできるようになってきたなと思うこともあれば、「なんとかなっているかな……?」と思い続けていることもあるので、本当に時間にまかせている感覚ですね。「たぶん今、私は逃げたいだけなんだろうな~」ということは自分でわかっているけど、気分が落ち込んでいるときとか、なかなか前を向けないテンションのときは「やっているうちに時間がなんとかしてくれるはず」と、いい意味にとらえちゃうんです。
――逆に「やってみたら思ったよりうまくいった」みたいなこともありますか?
伊達 難しそうなことに挑むときには「きっとできないだろうな……」と自分に思い込ませてハードルを低くしているので、実際やってみると意外と大変じゃなかったな、ということはありますね。逆に「あ、これはできそう」と思っていたら、想像以上に苦労してしまったりもします。
――むしろ簡単に「できそうだな」と思ってかからないことが大事?
伊達 そうです、そうです。自分に期待をしすぎないというか。そう思っていたほうが実際に経験するとき「あれ? 意外と大丈夫だったかも」と思えて気持ちが楽なので、今はそう考えるようにしています。それがいい心構えなのかどうかは、自分ではわからないんですけど。