「感情グラス」が『上伊那ぼたん』の世界観をつかむきっかけに
――橋口さんが本作に参加した経緯を教えてください。
橋口 音楽プロデューサーの山内(真治)さんと別作品でご一緒する機会があったんです。その際に「お酒が好きなんです」と話したところ、おぼえていてくださったようで、しばらくしてからお声がけいただきました。詳しく理由をうかがったところ、『上伊那ぼたん』は女性たちの物語なので、お酒を飲める女性作家に劇伴とED主題歌の作曲・編曲を頼みたかったそうなんです。ポロッと言ったことがお仕事につながるとは思ってもいなかったので、とても嬉しかったですね。
――原作マンガの第一印象はいかがでしたか?
橋口 企画をうかがった際には、女子大学生たちがただただお酒を飲んでワイワイする作品なのかなと思っていたのですが、蓋を開けてみると繊細さを強く感じました。人と人の関わりを筆頭に、心理描写をとても大事にされているな、と。また、単行本のコラムページには各キャラクターのファッションや聞いている音楽、読んでいる本などが書かれていて、世界観が深く作り込まれているようにも感じました。
――ぼたんたちが聞いている楽曲のリストは、楽曲を作るうえでも参考になったのでしょうか?
橋口 ひとまず全曲聞きました! 並行して、同じくお酒を題材にした『バーテンダー 神のグラス』や、共通で参加されているスタッフの方が多い『ヤマノススメ』シリーズの劇伴も拝聴して、どんな方向性がいいのかを探ることもしました。ただ、リストに挙がっている楽曲はあくまで参考にしたくらいでしたね。『上伊那ぼたん』に関する作業の指針としては、がちゃがちゃした雰囲気にせず、余韻や行間を大事にできる楽曲にすることを意識していました。
――その指針は、どのような作業の過程で立てたものでしたか?
橋口 劇伴作業の前に着手していたED主題歌「感情グラス」の作曲中ですね。「6人のキャストがそれぞれ歌う曲にしてほしい」というオーダーをいただき、作曲を始めたのですが……。作品の内容的にも、張り上げたり、高音がメインの曲にするよりは、大学生が背伸びもしつつ等身大の胸の内を歌っているような印象にしたかったんです。そこで、キャストの皆さんが普段会話しているような音域を意識しながら制作しました。その作業中に「ゆったりとしたフレーズのほうが劇伴にも合っているかも」と考えがまとまっていったんです。また、最初はリフレインを多く取り入れていたのですが、アニプレックスの音楽ディレクターの西田(圭稀)さんから「等身大らしさを出すのであれば、ひとつひとつのフレーズをもう少し大きくするのはどうですか」とフィードバックをいただいたんです。それらを考慮してゆったりとしたメロディにシフトしたところ、余韻を重視した楽曲になり、これが「『上伊那ぼたん』らしい楽曲だ!」と方向性をつかむ糸口になりました。
『上伊那ぼたん』の劇伴は「川のイメージ」
――「感情グラス」を制作する中で、とくに力を込めたポイントを教えてください。
橋口 アコースティック感のある楽曲の中に、グラスの音を何箇所か入れたことですかね。この楽曲は曲が先だったので、まさかそれがタイトルや歌詞とリンクするようになるとは思わず……。作詞の真崎(エリカ)さんが狙われたのかはわかりませんが、いいかたちになったように感じています。作曲時は「全員ウィスパー気味になるのかな?」と思っていたのですが、それぞれ個性を感じる歌い方になっていて、聞いていてとても面白かったです。
――劇伴について、アニメスタッフサイドからオーダーされたことはありましたか?
橋口 打ち合わせ時に佐久間(貴史)監督が「本作の劇伴は川のイメージがあります」と口にされたんです。自然豊かな情景が多い本作の中で、日常的な会話に寄り添った劇伴が望まれているのだな、と解釈をして制作に入りました。また、「メロディはあまりいらないかも」という話もあって。40曲以上を作る必要があるけれど、メロディがあまりない曲を作るとしたら何ができるのか、初期はかなり悩みましたね。
――どういったことが突破口になったのでしょうか?
橋口 「感情グラス」の経験から、アコースティックなサウンドを軸にしようと考えていたのですが、ピアノとギターだけを使うのは何かが違うなと。そこで、グラスの音を入れたことを思い出し、クラップやお皿を叩く音など身近なサウンドをサンプリングして組み込んでいきました。一方で「感情グラス」とは対照的に、1〜2小節のリフレインを多く取り入れることで、メロディの展開がなくても耳に残るようにしようと。「川のイメージ」という佐久間監督の言葉を念頭に、和音の響きを重視した作りにもこだわりました。劇伴を作っているとどうしても音を重ねたくなってしまうのですが、余韻を重視する作品であれば、意図的にメロディを間引いてセリフを聞かせる間を作ったほうがいいと考えたので、普段の作業とは違う引き出しを増やせた気がします。
――これまでに橋口さんが劇伴を担当してきた作品を振り返ると、バトルものが多いので、かなり挑戦的なことが多かったのでは……?
橋口 私自身は「日常もの」の劇伴をやりたいとずっと思っていたのですが、なかなかお話をいただくことがなかったんですよ。実際に書いてみるととても難しかったのですが、一音一音にこだわって、似た曲の羅列にならないよう計算しながら作ることができました。
思わぬ場面で使われる楽曲も
――音楽メニューを見ると、「日常」「コメディ」「心情」と細分化されたジャンルで劇伴が発注されていますね。
橋口 そうですね。まず「日常」の楽曲については、ぼたんたちが代官山に行ったり秩父ののどかな場所にいたりと、いろいろな舞台に足を運ぶので、その展開に応じて差別化を図りました。たとえば、代官山へのお出かけはアコースティック感だけでなく、シンセやサンプリングを足すことを意識してお洒落に、秩父にいる際は牧歌的な雰囲気を醸し出せるように……といった具合ですね。『上伊那ぼたん』はメインキャラクターが全員20歳以上ですが、特にかなでは大人の雰囲気を感じたので、意図的に音の重心を低くして少し渋い印象が出るようにもしています。また、他の作品では各キャラクターのテーマ曲を設定することもありますが、楽器数が限られてしまう制約から「今回はナシでいこう」と音響監督の明田川(仁)さんと確認もしていました。
――「コメディ」や「心情」の劇伴については?
橋口 「コメディ」の楽曲は、あえて音を抜いたり、テンポを遅めにしたりして、シンプルな印象になるようにと意識していました。「心情」の楽曲はフェルトピアノを使って余韻を持たせられるように作っています。普段やらないような転調の展開を盛り込むこともしました。
――劇伴の中で、とくに印象深い楽曲はどれですか?
橋口 民泊のシーンで使われる楽曲ですね。本作の劇伴では珍しく、長いストロークでドラマティックに作っている曲なんです。ぼたんといぶきの心情に合わせて、楽曲も昂るように作りました。叫ぶような告白をするシーンではないので大袈裟にならないように、でも気持ちを伝えるシーンに合うように、と考えていたことをおぼえています。
――完成した各話の映像を見た印象はいかがですか?
橋口 映像が素晴らしいことはもちろんですが、こんなシーンで使われるかなと思って作っていた楽曲が、想定とは別のシーンで使用されていたことがあったんですよ。聞いてみるとバッチリ合っていて「明田川さん流石だな……」と思いました(笑)。クラップを入れて遊んでいる曲ではあるのですが、あざといシーンに合うなんて、と作った本人が驚いています。また、ED映像が各話ごとに変わるので、いつも驚かされています。原作に描かれていないシーンも多いので、ここも毎週楽しみにしています。
――オンエアはここから後半の話数に向かいますが、橋口さんがあらためて注目してほしいポイントはどこですか?
橋口 劇伴作家目線で申し上げるなら、先ほども触れましたが、身近な音を劇伴に採用していることです。1周目では気付かないかもしれませんが、2周目以降はなぜそのシーンにその音が使用されているのか、想像を膨らませると面白いかもしれません。
――毎週、金曜日の放送後には最新エピソードで使用された劇伴が聞けるYouTube配信が実施されていますし、そこで考察するのも楽しそうです。
橋口 はい。金曜の深夜から土曜日まで、本当に一日中流してくださっているんです。作業用BGMや「寝る前に聞くのにちょうどいい」なんて感想もいただいているので、そちらもぜひ!![]()
- 橋口佳奈
- はしぐちかな 作曲家、編曲家。福岡県出身。ミラクル・バス所属。主な劇伴担当作品に『ようこそ実力至上主義の教室へ』(2nd Season以降)、『マジック・メイカー 〜異世界魔法の作り方〜』、『対ありでした。 〜お嬢さまは格闘ゲームなんてしない〜』など





























